ブログ - 風光舎 | 愛知・名古屋での骨董古美術買取 三重 岐阜 - Page 104

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FROMKYOTOOSAKA

名古屋市緑区のお客様より買受させていただきました。ありがとうございました。

2021.11.27

名古屋市緑区のお客様より、店頭買取させていただきました。

大切な御品をお譲り下さいまして 誠にありがとうございます。

 

 

 

今後とも、古美術風光舎名古屋店をよろしくお願いいたします。

 

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生活様式の変化とともに、大切なお品を整理されている方も多いことと思われます。

ここ風光舎では、古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

 

風光舎は、出張買取も強化しております。

愛知県内はもちろん、岐阜県・三重県その他の県へも出張いたします。

どんなにご近所の方でもお伺いできますので、まずはお電話お待ちしております。

 

愛知県名古屋市千種区・骨董 買取

『古美術 風光舎 名古屋店』

TEL 052(734)8444

10:00-17:00 OPEN

 

名古屋市千種区のお客様より買受させていただきました。ありがとうございました。

2021.11.27

名古屋市千種区のお客様より、遺品整理ででましたお品を買受させていただきました。

大切な御品をお譲り下さいまして 誠にありがとうございました。

 

 

今後とも、古美術風光舎名古屋店をよろしくお願いいたします。

 

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生活様式の変化とともに、大切なお品を整理されている方も多いことと思われます。

ここ風光舎では、古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

 

風光舎は、出張買取も強化しております。

愛知県内はもちろん、岐阜県・三重県その他の県へも出張いたします。

どんなにご近所の方でもお伺いできますので、まずはお電話お待ちしております。

 

愛知県名古屋市千種区・骨董 買取

『古美術 風光舎 名古屋店』

TEL 052(734)8444

10:00-17:00 OPEN

丹下健三展の続編でございます。(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董買取 古美術風光舎名古屋店)

2021.11.24

みなさま、こんにちはスタッフYです。

なんだか急に寒くなって参りましたね。このところの温かさに気を許して 手を抜いておりましたので暖房の準備などいろいろ焦っておりますが、どうぞ皆さまも体調など崩さぬようにお気を付けくださいませ。

 

先日の丹下健三展のお話ですが、肝心の内容についてあまり触れておりませんでしたので、本日は写真と共に綴ってまいりますので、お付き合いくださいませ。

 

 

いよいよ中に入りますと、最初に目に飛び込むのが、原爆平和記念公園及び記念館の大きな写真パネルですが、こちらは撮影禁止と言うことでして、その展示を見ながら入っていきますと、こちらの広い展示ブースに誘導されます。

 

 

展示ブースには、丹下氏の初期の作品の模型や残された資料や設計図などを各所から一斉に集め展示。こんな機会はまたとありませんでしたので、そういった意味でも来てよかったなと実感いたしました。建築好きの若い子の中では丹下派と隈派などどあるようで、やはり学生さんなどが熱心に写真を撮ったり、メモをとったりしておりました。とにかく見に来られている方の滞在時間がみなさん長めな印象。各言う私も気が付くとかれこれ一時間は居座っておりましたから。

 

そんなことはさて置き、たくさんの資料がある中で、やはり展示資料、模型、設計図など一番素晴らしく、注目度ナンバーワンはやはり「国立代々木競技場」。知れば知るほど、注目度ナンバーワンに深みが増してまいります。

 

 

 

 

国立代々木競技場の二つの体育館は、第一体育館は2.5万平方メートルで、第二体育館はその5分の1。両者ともに「吊り構造」で、主柱が第一では2本、第二で1本あり、屋根は主柱から吊り下げられている空間となっております。丹下氏の目指した空間は、選手と観客を一体にするように包み込む無柱空間であったようで、よって、単に円形の屋根を吊ったテントのようなデザインではなく、第一体育館は吊り橋のような姿で、第二体育館はトランペットのベルを伏せて、少しねじったような流麗な姿となっていますよね。それらの振動は油圧ダンパーで制御されており、メンテナンスにも優れ、震災にも強い構造とのこと。

 

ダンパーは当時、橋などの設計では一般的なものでしたが、施設などの、それもこれほど巨大な大空間の屋根を吊り上げる建築物はどこにもなかったようです。しかしながら丹下氏はやる気満。当時のスタッフは初めてづくしのことなので、かなり勇気のいる挑戦だったといっておりますが、やはり時代の先駆者はチャレンジャーでありますね。しかも、工期が500日だったと聞きますから、1964年東京オリンピックに向けて人々の気持ちは高まっていたとは思いますが、それにしても当時の人海戦術には驚きが隠せません。

そんな丹下氏は、当初の予算では厳しいと当時の総理に掛け合ったりと、現在で言うプロデューサーといいましょうかすべてをまとめ上げる手腕もおありのようした。そういった意味でも時代の先駆者のようですね。

 

また、オリンピック開催時は、何千、何万の人が出入りしますし、その流動性を確保することも重要なテーマだったのですが、入り口と出口をずらすことにより原宿口からも渋谷口からも出入りがスムーズな人の流れを生み出しており、震災時にも観衆が円滑に避難できるといったような機能性も併せもっていおりますので、検討段階の丹下氏の頭の中はどのような絵が浮かんでいたのでしょうか。

 

機能、耐震、構造、予算、工期、時代の求めるもの、そして建築家としてのチャレンジなどなどすべての要素を網羅しているのではありますが、まずはそんなことはさて置き誰もが「美しい」という一言を発せざる負えないところに彼のすごさが集約されている気がしてなりません。

 

 

そんなことをつらつら思っておりましたら、小さな手帳に記された国立代々木競技場のラフなはしり描きが目にとまりました。

 

みなさま、国立代々木競技場はどうやらここから生まれたようです。

 

ここから始まり、それからたくさんの人々が関わり、たくさんの技術や苦労の結集し、国立代々木競技場は建ちあがっていったのですから、建造されたあの吊り屋根が私にはさらに誇り高く聳え立っているように見えてまいりましたよ。

いつまでも私たちを魅了してやまない国立競技場、丹下作品の一つとして再び訪れてみてはどうでしょう。

 

それでは、ごきげんよう。

 

こちらは、東京カテドラル聖マリア大聖堂です

 

 

 

Hello everyone, this is Staff Y.

It’s suddenly getting cold. I’ve been slacking off because of the warmth these days, so I’m rushing to prepare for heating, but please be careful not to get sick.

As for the story of the Kenzo Tange exhibition the other day, I didn’t mention much about the essential content, so today I will spell it out with photos, so please keep in touch

 

When you finally get inside, the first thing that comes to your eyes is the large photo panel of the Atomic Bomb Peace Memorial Park and the Memorial Hall, but since it is prohibited to shoot, you will enter while watching the exhibition. , You will be guided to this large exhibition booth.

At the exhibition booth, models of Mr. Tange’s early works, leftover materials, blueprints, etc. are collected and exhibited all at once. I never had such an opportunity again, so I realized that I’m glad I came in that sense as well. It seems that there are Tange school and Kuma school among young children who like architecture, and students and others were enthusiastic about taking pictures and taking notes. Anyway, the impression is that everyone who comes to see it has a long stay. As I said each, I noticed that I had been sitting there for an hour.

 

Aside from that, among the many materials available, the exhibition materials, models, blueprints, etc. are the most wonderful, and the number one attention is still “National Yoyogi Stadium”. The more you know, the deeper it becomes to the number one attention level

 

The two gymnasiums of Yoyogi National Stadium, the first gymnasium is 25,000 square meters, and the second gymnasium is one-fifth. Both have a “suspended structure”, with two main pillars in the first and one in the second, and the roof is a space suspended from the main pillars. It seems that the space that Mr. Tange aimed for was a pillar-free space that envelops the players and the spectators as one, so it is not just a design like a tent with a circular roof, but the first gymnasium is a trumpet. The second gymnasium looks like this, with the trumpet bell lying down and twisted a little. These vibrations are controlled by a hydraulic damper, which is excellent in maintenance and has a structure that is resistant to earthquakes.

Dampers were common in the design of bridges at the time, but it seemed that there were no buildings such as facilities that could lift the roof of such a huge space, but Mr. Tange said. He was motivated. It is said that the staff at that time was the first to make a challenge, so it was a very courageous challenge, but after all the pioneer of the times is the challenger. Moreover, I hear that the construction period was 500 days, so I think that people’s feelings were rising toward the 1964 Tokyo Olympics, but even so, I can not hide the surprise in the human wave tactics at that time.

Mr. Tange said that the initial budget was tight and he talked to the Prime Minister at that time, and he seemed to have the ability to put everything together as a producer now. In that sense, it must have been a pioneer of the times.

 

Also, at the time of the Olympic Games, thousands and tens of thousands of people come and go, and ensuring its liquidity was an important theme, but by shifting the entrance and exit, the Harajuku exit can also be seen from the Shibuya exit. It also creates a flow of people with smooth entry and exit, and also has functionality that allows the audience to evacuate smoothly even in the event of an earthquake, so what is in Mr. Tange’s mind at the examination stage? Did the picture come to mind?

It covers all the elements such as function, earthquake resistance, structure, budget, construction period, what the times demand, and challenges as an architect, but first of all, everyone has to say “beautiful”. I don’t feel like his greatness is concentrated in the absence.

 

When I was thinking about such things, I noticed the rough scribbles of the Yoyogi National Stadium written in a small notebook.

Everyone, it seems that Yoyogi National Stadium was born from here.

Starting from here, a lot of people were involved, a lot of technology and hard work were gathered, and the Yoyogi National Stadium was built, so that suspended roof that was built stands out even more proudly to me. It will look like this.

Why don’t you visit again as one of Tange’s works, a national stadium that has always fascinated us.

Well then, good luck.

 

 

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このところのいよいよ寒くなって参りましたね。

生活様式の変化とともに、大切なお品を整理されている方も多いことと思われます。

ここ風光舎では、古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

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愛知県名古屋市千種区・骨董 買取

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イチョウの不思議(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董・古道具買取いたします 古美術風光舎 名古屋店)

2021.11.23

みなさん、こんにちは。

一雨ごとに寒さが厳しくなってきて、過ごしやすかった秋は駆け足でいってしまいそうですね。

こちら名古屋も昨日の雨で、冷え込みがグッと厳しくなりました。

そんな今日も、チラシ配りで店の周りをてくてく歩いて参りました。

最近はそんなネタばかりのスタッフmです。(笑)

 

 

街路樹のイチョウがとても綺麗で、思わず足を止めて写真を撮っていました。

ところで、こうやってよく見かけるイチョウですが、私は大人になるまで意外と知らないことがたくさんありましたので、今日はそのお話をしようと思います。

 

 

イチョウの葉は地面に落ちても黄色いままできれいですよね。

他の落ち葉は踏むとパリパリと崩れてしまうのに、イチョウだけはそのままの形でつやつやしたままです。

だから、雨上がりにイチョウ並木の下を歩いていると、ツルっと滑りそうになったりしたことはありませんか?

実はイチョウの葉は腐りにくい成分が入っていて、地面に落ちてもなかなか分解されにくくなっています。

そして、ああ見えて広葉樹ではなく、裸子植物ではありますが、針葉樹でもないのです。

葉肉は厚く、油分も水分も多く含んでいます。

 

以前、お寺に嫁いだ知り合いの方が、

「イチョウの葉は他の枯れ葉のように燃やしても全然燃えないから、可燃ゴミとして出さないといけないのよ。」

と毎年の掃除に辟易していることを話してくれました。

今まで気にも留めなかったことなのでとても驚いたのを覚えています。

でも、イチョウの葉の成分が上記のようなので燃えにくいというのは納得ですよね。

 

かといって、土に埋めて腐葉土を作るのにも適さないようなんです。

それは、広葉樹のようにミミズや微生物がおいしいと思う成分をあまり含まず、

逆に美味しくない物を多く含んでいるので、分解してもらえないのです。

そうは言っても、何年もかければ自然と分解はしていくらしいのですが・・・。

 

 

 

また、イチョウの木は秋の味覚「ぎんなんの実」がなることで知られていますが、その実がなるメカニズムにも驚きがありました。

皆さんはイチョウの木にオスとメスがあることをご存知でしたか?

よく街路樹の下を歩くと、実が落ちていて、それを誰かが踏んだ後ですと独特の匂いがぽわーんとしています。

そう、その匂う実が落ちている木はメスです。

木の形としては、実をつけるのでその重みで、全体的に枝が下がっている感じです。

それに対して、オスの木は枝がぐんぐんと上に伸びている感じなんです。

見比べてみるとわかるんでしょうね。

 

でも、小さい木のうちは木の専門家でも区別がつかず、植樹の際も性別が分からないまま植えているそうです。

だから、ぎんなんの実を目的にイチョウを植えるなら、それは賭けに近いの?と思いますよね。

でも、そこは驚きなのですが、イチョウの繁殖力はすごいらしいんです!

イチョウは風媒花といって花粉が風に乗って運ばれるのですが、その距離がなんと何キロも移動するんです!

何メートルの間違いではないんですよ。

こうやって勝手に飛んでいってくれるので、ぎんなんのために受粉作業をする必要は特にないそうです。

 

 

他にも驚きの事実。

イチョウは世界で最古の現生樹種の一つであるらしいです。

ペルム紀(約2億9900万年前から2億5100万年前まで)に出現し、中生期(ジュラ紀)まで全世界的に繁茂したようです。

その証拠に、世界各地でイチョウの葉の化石が発見されているようです。

しかし新生代(約6500万年前から現代まで相当)に入ると各地で姿を消し、約100年前に絶滅したため、唯一現存する種が今あるもののみのようです。

だからイチョウは「生きている化石」として国際自然保護連合のレッドリストの絶滅危惧種に指定されているみたいですよ。

 

(写真はご近所のモミジです。)

 

このように、イチョウには知られざる不思議がたくさんあったわけですが、(知らなかったのは私だけでしょうか?!)

知るととても貴重な存在だと気づきました。

もうすぐイチョウも散り本格的な冬に突入しますが、それまでは街路樹のイチョウを堪能したいと思いました。

 

今日もお読みくださり、ありがとうございました。

(スタッフm)

 

Hello everyone.

It’s getting colder with every rain, and it seems like we’ll be rushing in the autumn when it’s easy to spend.

It was raining yesterday in Nagoya as well, and the cold weather became severe.

Even today, I walked around the store by handing out leaflets.

Recently, I’m a staff member with only such stories. (smile)

 

The ginkgo trees on the street were so beautiful that I stopped and took pictures.

By the way, I often see ginkgo trees like this, but I didn’t know much until I became an adult, so I’m going to talk about that today.

 

 

Ginkgo leaves are yellow even if they fall to the ground, aren’t they?

The other fallen leaves crumble when stepped on, but only the ginkgo remains shiny as it is.

So, have you ever slipped under a row of ginkgo trees after the rain?

In fact, ginkgo leaves contain ingredients that do not rot easily, and even if they fall to the ground, they are not easily decomposed.

And, as you can see, it’s not a hardwood, it’s a gymnosperm, but it’s not a conifer.

The mesophyll is thick and contains a lot of oil and water.

 

An acquaintance who married a temple before

“Ginkgo leaves do not burn at all when burned like other dead leaves, so they must be put out as combustible waste.”

He told me that he was tired of cleaning every year.

I remember being very surprised because I hadn’t noticed it before.

However, it is understandable that the ginkgo biloba leaves are hard to burn because they are as described above.

 

However, it seems that it is not suitable for burying in soil to make humus.

It does not contain much of the ingredients that earthworms and microorganisms find delicious, like hardwoods.

On the contrary, it contains a lot of unpleasant things, so it cannot be disassembled.

That said, it seems that it will decompose naturally over the years …

 

In addition, the ginkgo tree is known to produce the autumn taste “Ginkgo nuts”, and I was surprised at the mechanism by which the fruits are produced.

Did you know that ginkgo trees have males and females?

When I often walk under the roadside trees, the fruits are falling, and after someone steps on them, the unique smell is popping.

Yes, the tree on which the scented fruit is falling is a female.

As for the shape of the tree, it bears fruit, so the weight of the tree makes it feel like the branches are hanging down as a whole.

On the other hand, the male tree has a lot of branches growing up.

You can see it by comparing them.

 

However, even a tree expert cannot tell the difference between small trees, and even when planting trees, they are planting without knowing their gender.

So, if you plant ginkgo for the purpose of ginkgo nuts, is it close to a bet? I think that.

But, to my surprise, the fertility of ginkgo seems to be amazing!

Ginkgo is called anemophily, and pollen is carried by the wind, but the distance travels many kilometers!

It’s not a mistake of how many meters.

It seems that there is no particular need to pollinate for ginkgo nuts because it will fly freely in this way.

 

 

Other surprising facts.

Ginkgo seems to be one of the oldest modern tree species in the world.

It appeared in the Permian (about 299 million years ago to 251 million years ago) and seems to have flourished worldwide until the Middle Ages (Jurassic).

As evidence, it seems that ginkgo biloba fossils have been found all over the world.

However, in the Cenozoic era (corresponding to about 65 million years ago to the present day), it disappeared in various places and became extinct about 100 years ago, so it seems that the only surviving species is now.

Therefore, it seems that Ginkgo has been designated as an endangered species on the Red List of the International Union for Conservation of Nature as a “living fossil”.

 

(The photo is a maple in the neighborhood.)

As you can see, there were many unknown wonders about ginkgo, but (Is it the only one I didn’t know ?!)

When I knew it, I realized that it was a very valuable existence.

Ginkgo will soon be scattered and it will be in full swing in winter, but until then I wanted to enjoy the ginkgo trees on the streets.

 

Thank you for reading today.

(Staff m)

 

 

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少しお寒くなってまいりました。冬物の入れ替えや、整理をされていらっしゃる方もおいでではないでしょうか。

生活様式の変化とともに、大切なお品を整理されている方も多いことと思われます。

ここ風光舎では、古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

 

風光舎は、出張買取も強化しております。

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「丹下健三1983~1970戦前からオリンピック・万博まで」展図録が届きました!(愛知県名古屋市千種区姫池通 古美術買取 古美術風光舎)

2021.11.21

 

みなさま、こんにちはスタッフYです。

ここ名古屋もいよいよ紅葉が佳境となってまいりました。街路樹の葉が様々な色に彩づき、道路に落ちた街路樹が普段は味気ない道路に彩のパッチワークを作りだしたりと、普段の景色がまさに彩で七変化。ただ、お掃除にうんざりしている方のお顔もあったりと、良いことばかりではないようですが、いよいよ市街地に降りてきました紅葉前線、皆さまの地区はいかがでしょうか。

 

実は先日から、今日は建築家の世界の丹下についてお伝えしようと決めておりましたが、偶然にも丹下健三作品に関するニュースがあがっておりました。なんと、丹下健三作品の一つ香川県庁舎が国重要文化財へ指定されたとのことです。

 

 

国の文化審議会は19日、香川県庁舎旧本館・東館(高松市番町4)を重要文化財(建造物)に指定するとのこと。香川県庁舎は、世界的な建築家の丹下健三氏の代表作で、日本の伝統的木造建築をコンクリート造りに取り入れたモダニズム建築による表現が高く評価されたようです。県によると、戦後に建てられた国内の庁舎建築が重要文化財に指定されるのは今回が初めてだとのことで、香川県の皆さまよろこんでいらっしゃることでしょうね。

 

その県庁旧本館は地上8階建て、東館は同3階建てで、いずれも鉄筋コンクリート造りで1958年に完成しておりますが、柱や梁、ひさしの配置が、「五重塔」などの木造建築様式に似ているのが特徴でして、1階部分は県民が自由に出入りできるように壁のない「ピロティ」やロビーの構造となっており、文化庁から「民主主義の精神を体現した戦後の庁舎建築の典型として、歴史的価値が高い」と評価された点のようです。

 

実は丹下健三氏、私の母校の高校の大先輩。育った故郷というご縁でしょうか、私の生まれ育った街は、思い起こすと街中に丹下作品が街に溢れておりましたことに大人になって気づくという笑。当時は訳も分からず暮らしておりましたが、現在はそれが少し自慢でもありまして、そんな丹下作品をみようと全国から丹下作品を巡る旅をされている方がいらっしゃるようです。

 

そういえば幼少の頃の記憶を紐解くと、私の思い出のどのシーンにも彼の作品の特徴でもある、あの独特なコンクリートの色とスマートな設計の記憶が蘇ってまいります。そんな贅沢な環境で育ったのかと今さらになって感動いたしますが、時すでに遅し。

 

それよりも、本来お話したかったのはこちら。先日開かれておりました、「丹下健三1983~1970戦前からオリンピック・万博まで」展図録が、ようやっと送られてまいりましたので、そのご報告を。

 

なぜこんなに喜んでいるのかと申しますと、こちらの展覧会、文化庁国立近現代建築資料館にて2021年7月21日(水)~10月10日(日)に開催されていたのですが、無料にて配布されていた図録が好評につき開期中に終了という事態。もちろん私が訪れた時には手に入らない状況でありましたが、増版が決まり展覧会会場にて郵送の手続きをすれは、後日発送とのことで早々に手続きを致しました。そして、その図録が忘れた頃に先日ようやっと送られてきたということなのです。

 

まずは、表紙から。無料とはいえ、大きさB5、厚さ5㎜、なかなかの紙質。

 

 

裏面は、建造されて間もない広島の広島平和公園の記念館ですね。まだ、ランドスケープや舗装の施工はされておりません。建物の向こうに原爆ドームがみえますでしょうか。

 

 

そして、今回重要文化財にしていされた、香川県庁舎旧本館・東館(高松市番町4)のページです。

 

庁舎の特徴でもあるコンクリートのベランダで高層棟の外周を取り巻いている点や、室内の床を支えている小梁をそのままベランダまで延長していることで外装がにぎやかになり、神輿のような印象でしょうか。これは、彼の作品の中でも初期の作品です。彼はル・コルビジェの作品に大変影響をうけていることはよく知られておりますが、私にはこの作品、正倉院校倉造りにも精通するような印象を受けました。日本人でしかできなのではないかと思わせる緻密で正確な細かい構造のディテール、しかし、その全体の印象はル・コルビジェが混じったようなハイブリットといいましょうか。

 

 

その資料などを実際に展示でも拝見いたしましたが、図録でも図面や構造計算に落としている図面が載っております。みなさん、当時パソコンもCADもありませんよ。当時の方はすべて算盤や手計算、図面は手描きということをお忘れなく。そうなんです。今回の展示は、建造物の素晴らしさだけではなく、ビジネスマンとしても長けていた丹下健三の一面や、彼のまわりで携わったたくさん方々の様子や苦労も垣間見える展覧会でもあるでしょう。

 

 

他にも興味深い写真が撮れておりますので、次回はさらに国立代々木競技場や東京カテドラル聖マリア大聖堂、そして東京などの都市全体としてのお話を綴ってまいりたいと思います。

それでは、また。

 

丹下氏とてもダンディですね

 

Hello everyone, this is Staff Y.

Autumn leaves have finally become an overseas Chinese here in Nagoya. The leaves of the roadside trees are colored in various colors, and the roadside trees that have fallen on the road create a patchwork of colors on the normally dull road. However, it seems that it is not all good things, such as the faces of people who are tired of cleaning, but how about the autumn leaves front and your district that are finally in the city?

Actually, from the other day, I decided to tell you about Tange in the world of architects today, but by chance there was news about Kenzo Tange’s work. It is said that the Kagawa Prefectural Government Building, one of Kenzo Tange’s works, has been designated as a National Important Cultural Property.

 

On the 19th, the National Council for Cultural Affairs will designate the former main building of Kagawa Prefectural Government Building, East Building (4, Bancho, Takamatsu City) as an important cultural property (building). The Kagawa Prefectural Government Building is a masterpiece of world-famous architect Kenzo Tange, and it seems that the expression of modernist architecture, which incorporates traditional Japanese wooden architecture into concrete construction, was highly evaluated. According to the prefecture, this is the first time that a domestic government building built after the war has been designated as an important cultural property, and everyone in Kagawa Prefecture will be happy.

The old main building of the prefectural office has 8 floors above ground and the east building has 3 floors above ground, both of which are made of reinforced concrete and completed in 1958. The first floor has a wallless “piloti” and a lobby structure so that the citizens of the prefecture can freely enter and exit, and the Cultural Agency says “after the war, which embodies the spirit of democracy.” As a typical example of the building of the government building, it has a high historical value. ”

Actually, Kenzo Tange, a big senior at my high school. Perhaps because of my hometown, when I remembered the city where I was born and raised, I realized that Tange’s works were overflowing in the city as an adult. At that time, I lived for no apparent reason, but now I’m a little proud of it, and it seems that some people from all over the country are traveling around Tange’s works to see such Tange’s works.

By the way, when I unravel the memory of his childhood, the concrete color and smart design that are the characteristics of his work are revived in every scene of my memory. I’m even more impressed that I grew up in such a luxurious environment, but it’s already late.

Rather than that, here is what I originally wanted to talk about. The catalog of the exhibition “Kenzo Tange from 1983 to 1970 before the Olympics and Expo” that was held the other day has finally been sent, so please report after that.

The reason why I am so happy is that this exhibition was held at the National Archives of Modern Architecture, Agency for Cultural Affairs from July 21st (Wednesday) to October 10th (Sunday), 2021. , The catalog that was distributed free of charge was well received and ended during the opening period. Of course, it was not available when I visited, but when the reprint was decided and the mailing procedure was completed at the exhibition venue, it was said that it would be shipped at a later date, so I left the venue as soon as possible. However, when I forgot the catalog, it was finally sent the other day.

First of all, from the cover page. Although it is free, the size is B5, the thickness is 5 mm, and the paper quality is quite good.

The back side is the memorial hall of Hiroshima Peace Park in Hiroshima, which has just been built. The landscape and pavement have not been constructed yet. Can you see the Atomic Bomb Dome over the building?

And it is the page of the former main building and east building of Kagawa Prefectural Government Building (4, Bancho, Takamatsu City), which was designated as an important cultural property this time.

The concrete veranda, which is also a feature of the government building, surrounds the outer circumference of the high-rise building, and the small beams that support the floor in the room are extended to the veranda as it is, which makes the exterior lively and gives an impression like a portable shrine. Is not it. This is one of his early works, and although he was greatly influenced by Le Corbusier’s work, I have the impression that he is familiar with this work, Shosoin Azekura-zukuri. I received it. The precise and accurate structure that only Japanese people can do is piled up, and the overall impression is a hybrid that looks like Le Corbusier is mixed.

 

I actually saw the situation at the exhibition, but even in the catalog, I have drawn the drawings that are included in the drawings and structural calculations, but everyone, at that time, there was no personal computer or CAD. At that time, all the abacus, hand calculation, and drawings were hand-painted. Not only the splendor of such a building, but also one side of Kenzo Tange, who was also good as a businessman, and the appearance and hardships of many people involved around him can be glimpsed.

 

Now that it’s time, I would like to write more about the city as a whole, such as Yoyogi National Stadium, Tokyo Cathedral St. Mary’s Cathedral, and Tokyo.

See you again.

 

 

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少しお寒くなってまいりました。冬物の入れ替えや、整理をされていらっしゃる方もおいでではないでしょうか。

生活様式の変化とともに、大切なお品を整理されている方も多いことと思われます。

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名和昆虫博物館に行ってきました(愛知県名古屋市千種区姫池通 古美術風光舎 名古屋店 骨董買取致します)

2021.11.20

皆さま、こんにちは。

Hello, everyone.

 

 

一週間程前に岐阜県に行ってきました。

友人が蝶の絵を描きたいらしく、蝶を見られる場所、蝶の標本が買える場所ということで岐阜県岐阜市にあります「名和昆虫博物館」に行きました。ちょうどわたしも蝶に興味を持っていたので、本当に偶然良いタイミングで見に行くことが出来ました。

 

博物館といっても、大きい建物ではありません。二階建ての一軒家ほどの大きさです。ですが、周りには観光地がたくさんありますから人や車は多いです。もちろん駐車場はとても混みます。

 

名前の通り、建物に世界各地の昆虫が標本になってたくさんいます。右を見ても、左を見ても、奥に行っても、昆虫!という感じです。虫が嫌い!という人はとても耐えられない場所ですね…。

(ここから先は昆虫が嫌いな方は進まないことをお勧めいたします。。。)

ですが世界各地の昆虫ですから、世界で美しいと言われている昆虫も見ることが出来るのです。

主に標本ですが、少しだけ生きている昆虫もいました。

 

I went to Gifu prefecture about a week ago.
My friend wanted to draw a picture of a butterfly, so I went to the “Nawa Museum of Insects” in Gifu City, Gifu Prefecture because it is a place where you can see butterflies and buy butterflies specimens. I was also interested in butterflies, so I happened to be able to go see them at the right time.
The museum is not a big building. It’s about the size of a two-story single-family home. However, there are many tourist spots around, so there are many people and cars. Of course the parking lot is very crowded.
As the name suggests, there are many specimens of insects from all over the world in the building. Whether you look to the right, to the left, or to the back, insects! It’s like that. I hate insects! It’s a very unbearable place …
(If you don’t like insects, we recommend that you don’t go any further.)
However, since they are insects from all over the world, you can also see insects that are said to be beautiful in the world.
Mainly specimens, but some insects were a little alive.

 

 

「ヘルクレスオオツノカブト」です。

昔流行った昆虫カードで例えたらレアキャラですね。大きくて、強いので。

他に生きているものでは「ニジイロクワガタ」がいました。

ちょうど昆虫ゼリーを食べているところだったので、なんだか愛らしかったです。

 

It is “Hercules Otsuno Kabuto”.

It’s a rare character if you compare it with an insect card that was popular in the past. Because it’s big and strong.

Another living thing was the “Nijiiro stag beetle”.

I was just eating insect jelly, so it was kind of lovely.

 

 

昆虫のアップになってしまうので、気持ち悪くなってしまった方がいましたらすみません。

どうか目を薄めて色だけに集中して見て下さい。

とてもきれいな色ではないですか?

こちらの昆虫、皆さまご存じの方も多いのではないでしょうか?

「タマムシ」です。

光が上からしかないので色の輝きが分かりづらいですが、他の標本の昆虫に比べてとてもキラキラしていました。

タマムシと言えば、ベルギーのブリュッセル王国にある緑の天井が思いつきます。

緑色の天井をしているのですが、それらは実はタマムシだそうです。画像でしか見たことはありませんが、タマムシで出来た緑の天井…色の違和感がすごいです。

皆さまもぜひ調べてみて下さい。

 

I’m sorry if anyone feels uncomfortable because the insects will be up.
Please dilute your eyes and concentrate on the colors.
Isn’t it a very beautiful color?
I think many of you are familiar with this insect.
It is a “jewel beetle”.
It is difficult to see the brilliance of the color because the light is only from above, but it was very glittering compared to the insects of other specimens.
Speaking of jewel beetles, you can think of a green ceiling in the Kingdom of Brussels, Belgium.
They have green ceilings, but they are actually jewel beetles. I’ve only seen it in the image, but the green ceiling made of jewel beetles … The color is strange.
Please check it out.

 

 

ちなみに、館内には閉ざされた箱がいくつかあり、自由に開けることが出来るのですが「勇気のある人のみ限定!」と書かれていたり、クイズがたくさんあったりと面白い仕掛けがあります。

もちろんすべて開けました。来たからには見たいですよね。

小さな子どもたちもとても楽しんでいるようでした。

 

By the way, there are some closed boxes in the hall, and you can open them freely, but there are interesting gimmicks such as “Only for courageous people!” And many quizzes.

Of course I opened everything. I want to see it because I came.

The small children also seemed to enjoy themselves very much.

 

 

そしてなんと言っても個人的見所は蝶!

普段は見ることもできない世界の美しい蝶を標本でですが見ることが出来ました。

大きな蝶や、蛾に見える蝶、蝶に見える蛾、面白かったです。

蝶は美しいと分かってはいましたが、さらにそう思うようになりました。

 

And after all, the personal highlight is butterflies!

I was able to see the beautiful butterflies of the world, which I can’t usually see, though they are specimens.

Big butterflies, butterflies that look like moths, moths that look like butterflies were interesting.

I knew that butterflies were beautiful, but I started to think so.

 

 

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少しお寒くなってまいりました。冬物の入れ替えや、整理をされていらっしゃる方もおいでではないでしょうか。

生活様式の変化とともに、大切なお品を整理されている方も多いことと思われます。

ここ風光舎では、古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

 

風光舎は、出張買取も強化しております。

愛知県内はもちろん、岐阜県・三重県その他の県へも出張いたします。

どんなにご近所の方でもお伺いできますので、まずはお電話お待ちしております。

 

 

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もう一つ増えた選択肢(名古屋市千種区姫池通 骨董買取 古美術風光舎)

2021.11.19

みなさまこんにちは、スタッフYです。

今日は、本当に取り留めもない雑感ブログです。ボンヤリ読み飛ばしてくださいませ笑。

 

 

このところの、原油高騰や輸送コンテナ問題、そしてなんとその運ぶ原材料が手に入らないなど少し心配なニュースが飛び交っていますね。

 

車もそうでして、半導体やそのほか必要な材料の需要が追い付かず新車の納品が随分時間がかかるなどとのここ名古屋のみならず全国的に連日ニュースになっておりますね。そんなところに昨日テレビを見ておりましたら、やはり中古車の販売が好調とのこと。とあるオークション会場のだだ広い敷地にたくさん並べられた中古車の映像が流れておりました。

 

新車の販売と違い、置いてある車の車種、年式、色は様々。どれにしようか決めきれないほどのおびただしい台数でして会場は本当にすごかったのですが、その日は、一人のお客様が契約をしておりました。とにかく車が今必要な様子で普通に購入をしておりましたが、お目当ての車があったのでしょうかどことなく嬉しそうな様子ではありました。

 

思い起こせば、私の育った年代では、みな同じ流行に乗っかり、たくさんの新しい物や同じ流行に乗っかることで古いものにさよならし、何かしら満足を得ていた時代。少しでもそれに乗り損ねたりすると、不安や残念な気持ちになったような気が致します。そして、その嫌な記憶がいつまでも残っており、私も皆が持ってるあの匂い付きの消しゴムが欲しかったかぁと、今でも覚えていたりもしますので、完全に囚われておりましたね笑。

 

ですが、最近のご時世の流れのお陰か、このところの脱酸素社会を意識してか、流行物でなくても新しいものでなくても不安も残念な気持ちも沸き起こるわけでもなく、自分の好きなものを選択することに何の抵抗もなくなっている自分に知らぬ間に変化しておりました。15年来着用のイケてない古びたコートもどことなく愛着や話のネタになったりしますので、嫌な気はしないですし、こちらの方が逆に脱炭素社会やSDGsにのっとった生活ができているのではないかと、得意げになってみたりもしています。

 

先程の車ではないですが、今までサヨナラしていた古いものを入れると様々な選択肢は確実に広がりますね。

だって、EV車、水素エンジン車などに乗ることもよいですし、今までの車を大切に乗り続けることもよい選択。そして、その中におびただしい車種も色も時代も違う様々な中古車も選んでも全然よいという選択肢が一つ増えたのですから。中古車市場の風景を眺めながらふと思ったりも致しました。

 

それでは、また。

 

Hello everyone, this is Staff Y. Today is a really unresolved miscellaneous blog lol.

 

Recently, there are some worrisome news such as soaring crude oil prices, shipping container problems, and the inability to obtain the raw materials to carry.

The same is true for cars, and it is news every day not only here in Nagoya but also nationwide that the demand for semiconductors and other necessary materials cannot keep up and it will take a long time to deliver new cars. When I was watching TV yesterday, I heard that used cars are selling well. There was a video of used cars lined up on a large site at a certain auction site.

Unlike the sale of new cars, there are various types, models, and colors of the cars that are placed. There are so many units that I can’t decide which one to use, but on that day, one customer had a contract. Anyway, I was buying a car as I needed it now, but I was happy to see if there was a car I was looking for.

 

Recalling that, in the age when I grew up, I was all in the same fashion, goodbye to old things by riding a lot of new things and the same fashion, and I was satisfied with something. I feel anxious and unfortunate that I couldn’t follow the path even a little.

 

However, maybe it’s because of the recent trend of the times, or because I’m aware of the recent oxygen scavenging era, even if it’s not fashionable or new, I don’t feel anxiety or disappointment. I have no resistance to choosing what I like. Personally, I don’t feel uncomfortable because old coats that haven’t been worn for 15 years can become attachments and stories, so the times have changed a lot.

 

It’s not the same car as before, but if you put in an old one, you will definitely have more options.

It is a good choice to ride an EV car, a hydrogen engine car, etc., or to continue to take good care of your existing car. Then, while looking at the scenery of the used car market, I suddenly thought that there was one more option among them that it would be okay to choose a large number of used cars of different models and colors.

 

See you again.

 

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太鼓に呼ばれて…(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董・古道具買取いたします 古美術風光舎 名古屋店)

2021.11.18

みなさま、こんにちは。スタッフmです。

最近は、外を歩いていてもすこし肌寒いくらいですね。

歩いているとだんだん汗ばんでくるチラシ配りをしている私には丁度いい気候になりました。

ですので、今日も今日とて、せっせとお店のチラシ配りにいそしんできました。

 

アップダウンのある街中をてくてく歩いていくと、何やら太鼓の音が聞こえてきます。

すこし先に神社らしきものが見えてきたので、神社好きとしては行ってみなくては!と歩みを進めました。

近くまでいくと、メロディーも聞こえてきます。

よく聞くと、『ソーラン節』みたいです。

神社でソーラン節??? お祭かしら???

頭の中は?だらけでしたが、神社の敷地の中に入ると納得しました。

神社の隣には小学校があり、どうも運動会の出し物の練習でソーラン節をしているようでした。

早合点して、神社でお祓いの音が聞こえてきたとばかり思って近づいて行きましたが、そういうことでした。

でも、折角初めての神社に来ましたので、お近づきになれたご挨拶と、お店の繁盛をお願いするべく、参拝させていただきました。

 

 

お立ち寄りさせていただいたのは名古屋市昭和区にあります、「伊勝八幡宮」様です。

名古屋大学の西側にあり、地下鉄名城線・名古屋大学駅から徒歩11分のところです。

こちらは以前、スタッフYさんも「偶然見つけたご近所の神社」とブログで紹介していたと思います。

 

鳥居をくぐってすぐ、大きな石製の狛犬さんがおりまして、こちらは外からの魔の物は寄せ付けない威圧感がある感じでした。

本殿の中にも二対の狛犬さんが鎮座しておりまして、手前は小さめの木製、奥には大きめの陶製のものがあったような気がします。(社殿内は写真撮影禁止のため、不確かな記憶で申し訳ありません。)

そのどちらも非常に存在感があり、お参りする人の目を引きます。

その横にも珍しい形の狛犬さんの写真がかざってありました。

その時はわかりませんでしたが、本殿に上がる前のところに説明書きがあったので読んでみると、

 

 

「『伊勝八幡宮』

当社には陶製の狛犬一対と一体を蔵していて、その台座裏には「応永廿五戊犬(つちのえいぬ)年(1418年)12月朔日熊野願主浄通」と墨書きの寄進銘文があるところから、狛犬の制作年もその頃のことと推察できる。

銘文のある狛犬一対は、愛知県有形文化財、もう一体の狛犬は、名古屋市有形文化財に指定されている。」

とありました。

飾ってあった写真は、現在は博物館に寄託されている「山犬形・古瀬戸鉄釉狛犬」(愛知県指定文化財)のようです。

室町時代に瀬戸で焼かれたもののようで、現在まで壊れることなく残っているとは奇跡に近いことでしょうね。

 

本殿の参拝後、帰ろうをすると、左側より呼ばれた気がしましたのでそちらに目を向ますと、「伊勝天神」がお祀りされていました。

天神様といえば牛ということで、そこには大きな石造りの撫で牛がいらっしゃいました。

撫で牛はまだ新しいようで、どこか特定部分だけが減っているわけではありませんでしたが、何年も何十年もたったら、きっと角や頭、腰や足などみなさんが良くなりたい部分が撫でられてすり減ってくるのでしょうね。

私も良くなりたい部分をしっかり撫でさせていただきますと、「いいよいいよ。」とおっとりした声で答えてくれるような気がしました。

 

なんにせよ、とても力強い狛犬や、おっとりした牛などの御眷属がたくさんいらっしゃる伊勝八幡宮さんは、厚く守られていて、たくさんの方に愛されている神社なんだなぁと感じました。

商売やスポーツ、受験などに開運する「勝負事に強い神様」のようで、中日ドラゴンズの選手の方も参拝されるようですし…。

ご興味がございましたら、みなさまも是非行かれてくださいませ。

 

 

Hello everyone. It is staff m.

These days, it’s a little chilly even when I’m walking outside.

The climate was just right for me, who was handing out leaflets that gradually sweated as I walked.

So, today and today, I’ve been busy handing out leaflets at the store.

 

As you walk around the city with ups and downs, you can hear the sound of drums.

I saw something that looked like a shrine a little earlier, so if you like shrines, you should go! I proceeded with the steps.

As you get closer, you can hear the melody.

If you listen carefully, it looks like “Soran Bushi”.

Soran Bushi at the shrine? ?? ?? Is it a festival? ?? ??

What’s in your head? It was full, but I was convinced when I entered the shrine grounds.

There is an elementary school next to the shrine, and it seems that Soran Bushi is being practiced at the athletic meet.

I got to the point early and approached, thinking that I could hear the sound of the shrine at the shrine, but that was the case.

However, since I came to the shrine for the first time, I visited the shrine to say hello to you and ask for the prosperity of the shop.

 

We stopped by at “Ikatsu Hachimangu” in Showa-ku, Nagoya.

It is located on the west side of Nagoya University, an 11-minute walk from Nagoya University Station on the Meijo Subway Line.

I think that Staff Y had previously introduced this on his blog as “a shrine in the neighborhood that I found by chance”.

 

Immediately after passing through the torii gate, there was a large stone guardian dog, which felt intimidating to keep away demons from the outside.

There are two pairs of guardian dogs sitting in the main shrine, and I feel that there was a small wooden one in the foreground and a large ceramic one in the back. (Since photography is prohibited inside the shrine, I am sorry for the uncertain memory.)

Both of them have a very strong presence and are eye-catching to those who visit.

Next to that, there was a picture of a guardian dog with an unusual shape.

I didn’t know at that time, but when I read it, there was an explanation before going up to the main shrine.

 

“‘Ikatsu Hachimangu’

We have a pair of ceramic guardian dogs and a pair of guardian dogs, and on the back of the pedestal, there is a donation inscription saying “December 1418, Sakuhi Kumano Applicant Jodo”. It can be inferred that the year of production of the guardian dog was around that time.

The pair of guardian dogs with the inscription is designated as a tangible cultural property of Aichi Prefecture, and the other guardian dog is designated as a tangible cultural property of Nagoya City. ”

There was.

The picture on display seems to be the “Yama-inu-shaped / Furuseto iron glaze guardian dog” (a cultural property designated by Aichi Prefecture) that is currently deposited at the museum.

It seems to have been burned in Seto during the Muromachi period, and it is almost a miracle that it remains unbroken until now.

 

When I went home after visiting the main shrine, I felt that I was called from the left side, so when I turned to that, “Ikatsu Tenjin” was enshrined.

Tenjin-sama is a cow, and there was a cow with a big stone stroke.

It seems that the cow is still new by stroking, and it was not that only a specific part was reduced, but after years and decades, I’m sure that the parts that you want to improve, such as the horns, head, hips and legs, will be stroked. It will be worn out.

When I stroked the part I wanted to improve, I felt that he would answer with a soft voice, “It’s okay.”

 

Anyway, Ikatsu Hachimangu, who has a lot of guardian dogs and calm cows, is a shrine that is well protected and loved by many people.

It seems to be a “god who is strong in competition” who is lucky to do business, sports, and entrance exams, and it seems that Chunichi Dragons players are also worshiping.

If you are interested, please come and visit us.

 

 

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「芸どころ名古屋」スピリット(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董買取 古美術風光舎名古屋店)

2021.11.17

みなさま、こんにちはスタッフYです。

 

 

ご当地贔屓になるのですが、このところ愛知県出身の若者の活躍のニュースが多いなと少し誇らしく思っております。全国より多めに嬉しいニュースを見れるのも嬉しいかぎりでして…と、贔屓話をのっけから申し訳ございません。

そんな彼らですが、幼少期からの活躍もよく地方では取り上げれており、子どもの頃から成長し、全国そして世界に活躍している姿を見ますと、お母さんのような気持になって常々応援しております。それも応援したくなる要素なのですが、もうすっかり闘う舞台は愛知ではないなと、今は遠い所に送り出した我が子に勝手にエールを送っている次第であります。

 

先日は、瀬戸市出身の将棋の藤井聡太三冠(19)王位、叡王、棋聖が、一宮市出身の豊島将之竜王(31)に挑戦する第34期竜王戦7番勝負の第4局が12、13の両日、山口県宇部市で指され、後手の藤井三冠が122手で勝ち、4連勝でタイトルを奪取し四冠達成。はたまたフィギアスケートの宇野昌磨君選手が、自己ベストを更新する得点をマークし3年ぶり2回目の優勝。他にも名古屋市出身の河辺愛菜選手。松生理乃選手の活躍、東海市出身の木原龍一選手と三浦璃来選手の三位入賞。そして、オリンピック時期ですと、出場した大勢の愛知県出身や愛知県ゆかりの選手の連日の活躍を地方局やメディアがこぞって応援。

 

わたくしは他地方をまあまあ巡って暮らしておりましたので、ここ愛知県の芸事やスポーツ事情が充実していることに、ここ名古屋に暮らしていてとても実感いたしますが、とにもかくにも施設が充実していること、全国はたまた世界に通用する指導やレッスンを仰げるお師匠さんや師がすぐにいらっしゃる環境にあること、そしてそれを支える理解ある家族のいる環境、すべてが揃っているのは愛知県だとスタッフY実感調べにて勝手にだしております笑。

 

それゆえに、知り合いの知り合いぐらいをたどれば、有名な選手の知っている方は結構多いような感覚でして、時代も地方も違いはしますが、「こんな世界観があったのか!」と、田舎者育ちのわたくしには、感動しかありませんでした。

 

そんな名古屋、昔から「芸どころ名古屋」などと枕詞を耳にすることも多いのですが、現在の若者たちの活躍と「芸どころ名古屋」の因果関係はあるのか。またとっ散らかった好奇心が湧いてまいりました。

 

もともと、名古屋は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を排出した土地でして、江戸時代においてその頂点にあったのは、いうまでもなく徳川将軍家であり、徳川御三家。その御三家筆頭である尾張徳川家初代の義直は、関ヶ原合戦のあった慶長5年(1600)家康の第九子として側室お亀の方との間に生まれます。

その母お亀の方の菩提寺である相応寺が古美術風光舎名古屋店のご近所にございますことは、いつかのブログにてご紹介いたしましたね。

 

御三家筆頭である尾張徳川家初代の義直は、慶長12年には8歳にして尾張に封じられますが、それが尾張藩の始まりでありました。初代義直は学問を好み、儒教に傾倒し、文治政策を推し進めます。その後、尾張藩は美濃と信濃の一部も加封されて、元和5年(1619)には総石高61万9450石といわれ、家格もあがります。

 

その後、七代藩主宗春は幕府の緊縮財政に対し積極的な自由放任政策をとり、よって結果名古屋の城下は栄え大都市と発展していきます。このような経済発展は幕府との確執を生むもとにもなりましたが、それと同時に華道、茶道、俳諧といった芸事を盛んにし、また他国から多くの役者が城下に集まるもととなり、今日名古屋が”芸どころ”といわれる基礎をつくりあげていったのでしょう。

 

その流れを汲んでいるのでしょうか、現在も名古屋出身の方は他県の私が思うに数多くの習い事をやっているような気が致します。それ故に素晴らしい選手や文化人がたくさん生まれる要因になっているのは当然の流れなのでしょうね。

 

「芸どころ名古屋」。先日のブログで述べた歴史的建造物や文化財などの保存、はたまた地方の有名なお祭りなどの無形文化財などの伝承もそうでしょうが、「芸どころ名古屋」のようなそのスピリットも、それら同様に受け継がれているものの一つでもあるのではと、ふとそんなことを思ったりも致しました。

それでは、また。

 

 

 

 

Hello everyone, this is Staff Y.

I’m a local favorite, but I’m a little proud that there is a lot of news about the activities of young people from Aichi prefecture these days. I’m so happy to see more happy news than all over the country … I’m sorry for the disappointment.

However, their activities since childhood are often taken up in rural areas, and when they grow up from childhood and are active all over the country and around the world, they feel like mothers and always support them. We are doing it. That is also an element that I want to support, but I think that the stage where I will fight completely is not Aichi, and now I am sending ale to my child who has been sent to a distant place.

The other day, the 4th station of the 34th Ryuo match, where Souta Fujii (19) throne, Eiou, and Kisei from Seto City challenge Masayuki Toyoshima (31) from Ichinomiya City. Was pointed to in Ube City, Yamaguchi Prefecture on both the 12th and 13th, and the second player, Souta Fujii, won with 122 moves and won the title with four consecutive victories to achieve the four crowns. In addition, figure skating player Shoma Uno marked a score that set a new personal best and won the championship for the first time in three years. Besides, Mana Kawabe from Nagoya city. Rino Matsuike’s success, Ryuichi Kihara from Tokai City and Riku Miura won the third prize. And during the Olympic Games, local stations and the media all support the daily activities of many Aichi-born and Aichi-related athletes who participated.

Staff Y, I lived around other regions so much, so I really feel that the entertainment and sports situation in Aichi prefecture is fulfilling here in Nagoya, but anyway. , The facilities are substantial, and the environment is such that there are teachers and teachers who can provide world-class instruction and lessons nationwide, and there is an understanding family that supports it. If it is in Aichi prefecture, it is available by staff Y.

Therefore, if you follow the acquaintances of acquaintances, it seems that there are quite a lot of people who know famous players, and although the times and regions are different, “Is there such a world view!” I was only impressed when I was raised in the countryside.

I often hear such words as “Geikoro Nagoya” in Nagoya, but why is it “Geikoro Nagoya”? Once again, my messy curiosity arose.

Originally, Nagoya was the land where Oda Nobunaga, Toyotomi Hideyoshi, and Tokugawa Ieyasu were discharged, and it goes without saying that the Tokugawa Shogunate and the Tokugawa Gosanke were at the top of the Edo period. Yoshinao, the first generation of the Owari-Tokugawa family, who is the head of the three families, was born to his concubine Okame as the ninth child of Ieyasu in 1600, when the Battle of Sekigahara took place.

I mentioned in a blog someday that Sooji Temple, which is the family temple of the mother Okame, is in the neighborhood of the antique art Fukosha Nagoya store.

Yoshinao, the founder of the Owari Tokugawa family, who was the head of the three families, was sealed by Owari at the age of eight in the 12th year of Keicho, which was the beginning of the Owari clan. The first Yoshinao loves learning, is devoted to Confucianism, and promotes civilization policy. After that, the Owari clan was also sealed with a part of Mino and Shinano, and in 1619, it is said that the total stone height is 609,450 stones, and the family character also rises.

After that, the 7th feudal lord Muneharu took an aggressive laissez-faire policy against the austerity of the shogunate, and as a result, the castle of Nagoya prospered and developed into a big city. Such economic development also created a feud with the Shogunate, but at the same time, it became popular for performing arts such as flower arrangement, tea ceremony, and haiku, and many actors from other countries gathered in the castle today. Probably created the foundation called “the place of art”.

Therefore, I wonder if lessons were popular in Nagoya, and I feel that people from Nagoya are doing a lot of lessons as I think in other prefectures. Therefore, it is natural that it is a factor that causes many wonderful players and cultural figures to be born.

“The place of art Nagoya”. As with the preservation of historical buildings and cultural properties mentioned in the blog the other day, and the tradition of intangible cultural properties such as famous local festivals, the spirit of “Geikoro Nagoya” is also true. Is it one of those inherited as well? Suddenly, I thought.

See you again.

 

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神無月の出雲大社(名古屋市千種区姫池通 骨董・古道具買取いたします 古美術風光舎 名古屋店)

2021.11.16

みなさま、こんにちは。
神社大好きスタッフmが、先日のブログの続きで津島神社で感じたことを今日は綴らせていただきます。
津島神社に参拝に行ってお参りをしていると、いつもはなんとなく感じる気配がありません。
「あれ、今日は神様がお留守かなぁ。」
なんて思っていました。
でも、それもそのはずです。
お参りに行ったのは11月12日。
神さまたちは出雲の国に旅立たれた後だったはずです。
旧暦10月10日から17日は、出雲にあります出雲大社で神在祭が行われます。
旧暦のこの期間を今のカレンダーにあてはめると、11月14日から21日がこの期間にあたります。
その間は、全国の神々が、1年に1度、目には見えない「神事(かみごと)」を司られる「大國主大神」がいらっしゃる出雲大社にお集りになられます。
人々の“しあわせ”の御縁を結ぶ会議「神議(かみはかり)」がなされる故事に由来します。
その会議のために2~3日前に各地の神社を出発すると聞いたことがあります。
だから、津島神社で何も感じなかったのか、と納得いたしました。
出雲大社のホームページによりますと、
『令和3年11月14日 午後7時
全国の神々が出雲大社にお集いになられる“出雲神在”。
出雲大社の西方約1キロの稲佐の浜では全国の神々をお迎えする古式豊かな「神迎(かみむかえ)神事」が執り行われます。
この神秘の神事の後、ご到着された神々は御使神「龍蛇(りゅうじゃ)神」さまをご先導として出雲大社まで御神幸なされます。
そして、拝殿(例年は神楽殿)にて奉迎の神迎祭がお仕えされます。
令和3年11月15日 午前9時
令和3年11月19日(神在祭・縁結大祭)午前10時
令和3年11月21日(神在祭・縁結大祭)午前10時
出雲大社の御祭神でいらっしゃいます「大国主大神」さまは目にはみえない「神事(幽事)」を司られる大神さまであり、人々の“しあわせ”の御縁を結ばれる神さまとして広く世に知られています。
神在祭」ではお集いになられた神々の会議「神議(かみはかり)」の主宰をおつとめになられます。
”神在”期間中には神々のご先導をおつとめになられる「龍蛇神」さまの奉拝がなされます。
令和3年11月21日午後四時
人々の“しあわせ”の御縁を結ばれる会議「神議」もめでたく結ばれました11月21日、午後4時。
遥々、全国よりお集いになられた神々に謝恩の祈りを捧げ、出雲大社からの御出立をお送りする「神等去出(からさで)祭」が拝殿において斎行されます。
神々はご宿処の東西の十九社より拝殿にご遷座され、おまつりがお仕えされます。
神々は神職の「お立ち~!」との高声とともに出雲大社をお立ちになられます。』
とありました。
一年に一度、各地から神様が集まり、氏子さんの願いを会議にかけ、「この縁とこの縁を結ぼう」なんてお話し合いをされるのですね。
ですから、神社で願ったことが一番叶いやすい月を申し上げるなら、神無月の前の月ではないでしょうか。
神さまたちが一番記憶に残っているのですからね。
そうやって会議にかけられたことの結果を持って、21日には各地に戻られる神さまたち。
そんなことを考えながら24日あたりに神社にお参りしたら、なんとなく空気が変わった気がするかもしれませんね。
皆さま、お参りでお願いしたことが叶いましたら、出雲の会議の結果でGOサインがでた、ということになるのではないでしょうか?!
私もそれを楽しみに待ちます!
(スタッフm)

Hello everyone.

Today, I would like to write about what the staff, who loves shrines, felt at Tsushima Shrine in the continuation of the blog the other day.

 

When I go to worship at Tsushima Shrine, I don’t always feel any sign of it.

“Oh, I wonder if God is away today.”

I was wondering.

 

But that should be the case.

I went to visit on November 12th.

The gods must have been after leaving for the land of Izumo.

From October 10th to 17th of the lunar calendar, the Shinto festival is held at Izumo Taisha Shrine in Izumo.

Applying this period of the lunar calendar to the current calendar, November 14th to 21st corresponds to this period.

During that time, the gods from all over the country gather once a year at Izumo Taisha Shrine, where the “Okuninushi Okami”, who is in charge of the invisible “Shinto ritual”, is present.

It is derived from the fact that a conference called “Kamihakari” is held to connect people’s “happiness”.

I’ve heard that I’m leaving shrines around the world a couple of days ago for the meeting.

So I was convinced that I didn’t feel anything at Tsushima Shrine.

 

 

According to the homepage of Izumo Taisha,

“November 14, 3rd year of Reiwa, 7:00 pm

“Izumo Shinto” where gods from all over the country gather at Izumo Taisha Shrine.

At Inasa Beach, about 1 km west of Izumo Taisha, an ancient-style “Kamimukae Shinto ritual” is held to welcome gods from all over the country.

After this mysterious ritual, the gods who arrived will be delighted to Izumo Taisha, led by the messenger god “Ryuja God”.

Then, at the hall of worship (usually the Kagura hall), a sacred festival of worship is served.

November 15, 3rd year of Reiwa 9:00 am
November 19, 3rd year of Reiwa (Kamiari Festival / Matchmaking Festival) 10:00 am
November 21, 3rd year of Reiwa (Kamiari Festival / Matchmaking Festival) 10:00 am
“Okuninushi Okami”, who is the deity of the Izumo Taisha Shrine, is a god who manages invisible “shinto rituals” and is widely known as a god who connects people’s “happiness”. is known.

At the “Kamisai”, you can preside over the “Kamihakari”, a meeting of the gods who gathered together.

During the “God Existence” period, the worship of the “Dragon Snake God” who will lead the gods will be held.

 

4:00 pm on November 21, 3rd year of Reiwa

The meeting “Shinkai”, which connects people’s “happiness”, was also congratulated on November 21, 4:00 pm.

The “Karasade Festival” is held in the hall of worship, where we pray for gratitude to the gods who have gathered from all over the country and send the departure from Izumo Taisha.

The gods will be relocated to the hall of worship from the nineteen shrines in the east and west of the inn, and the festival will be served.

The gods can stand at Izumo Taisha with a loud voice saying “Stand up!” 』\

There was.

Once a year, gods from all over the world gather to hold a meeting about the wishes of their sons and discuss “let’s connect this edge with this edge”.

Therefore, if I would like to say the month when the wishes at the shrine are most likely to come true, it would be the month before Kannazuki.

The gods are the most memorable.

The gods who will be returned to various places on the 21st with the result of having been put to the meeting in this way.

If you visit the shrine around the 24th while thinking about such things, you may feel that the air has changed.

If all of you have come true to your request, I think it means that the GO sign was given as a result of the Izumo meeting. !!

 

I look forward to it too!

(Staff m)

 

 

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