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FROMKYOTOOSAKA

九州に出かけたくなります(名古屋市千種区姫池通 古美術品買取致します。 古美術風光舎名古屋店)

2022.09.24

皆さま、こんにちは。スタッフMです。

 

3連休2日目名古屋市は晴れ。31度と気温も上がりじめじめした暑さですが、日陰に入ると涼しい風が吹き少しずつ過ごしやすくなってきたと思います。

 

昨日からの一連の大雨により、新幹線をはじめ、鉄道の運行にも影響が出ているところもあり、3連休で移動を予定されている方など心配ですが、どうか皆さま残りの休日が充実致しますように。そしてお仕事をされている方おつかれさまです。

 

さて、鉄道の運行といえば、2022年9月23日から長崎―武雄温泉との間を結ぶ、新しい新幹線「西九州新幹線」が開業されました。

 

武雄温泉・長崎間は線路延長約66kmをフル規格(標準軌)により整備し、武雄温泉駅で博多・武雄温泉間を運航する在来線特急列車と同じホームで乗り換えを行う「対面乗換方式」により運行されるそうです。

1日あたり47本運行して、博多駅~長崎駅間、最速所要時間1時間20分だそうです。早いですね~。名古屋~新大阪へ「のぞみ」に乗って向かうような、乗って休む間もなく到着というような感じですね。

 

そんなことはさておき、列車名は「かもめ」、最新型車両「N700S」が導入予定で、長崎発着の特急「かもめ」はなくなり、新幹線「かもめ」に移り変わります。

 

車両デザインは「九州らしいオンリーワンの車両」をコンセプトに、”西九州から吹く暖かくて優しい風を世界に届ける”という思いが込められているのだとか。

インテリアデザインも和洋折衷、クラシックとモダンが組み合わされた懐かしくて新しい空間が表現されているそうです。内装や外装にもこだわった「かもめ」の歴史を少し調べてみますと…

 

客車列車としては、昭和12年7月1日に、特急「富士」、「櫻」、「燕」に続き、「鴎」が登場いたしました。東京-神戸間で運転されていましたが、戦時体制となった昭和18年に一旦廃止されましたが、昭和28年3月には復活しました。活躍の場を東海道本線から山陽本線に移し、京都~博多間で活躍していました。

 

昭和36年10月、後に「サン・ロク・トオ」と呼ばれる全国白紙時刻改正が実施され、「かもめ」は当時最新鋭のキハ80系82形を使用した気動車特急に生まれ変わりました。当初は京都~長崎・宮崎間(京都~小倉間併結)を運転し、その後運転区間の変更はあったものの、関西と九州を結ぶ主要な特急のひとつに変わりはありませんでした。

 

昭和50年3月に、山陽新幹線博多開業に伴い気動車特急「かもめ」が廃止となりましたが、485系電車を使用したエル特急「かもめ」として再度復活。

博多~長崎間を結ぶ特急として定着すると、国鉄分割民営化後は、JR九州の看板列車の一つとして発展、平成になると赤色の車体にリニューアルされ、様々な愛称が付けられました。

赤色のかもめ以外に、「白いかもめ」の愛称で親しまれている、白を基調とした外装に振子式走行装置を装備した885系電車、また「かもめ」として一緒に運転しているのがDXグリーン席を連結した787系電車です。

 

戦前の特急「鴎」から引き継がれた特急「かもめ」は、各時代を代表する特急列車のひとつとして今もなお活躍し続けているのですね。

 

10月から新型コロナの水際対策もさらに緩和されるようですし、まだまだ油断は禁物ですが、早く西九州新幹線体験してみたいです。

 

では。

 

 

Hello everyone. This is staff M.

 

2nd day of 3 consecutive holidays, Nagoya city is sunny. The temperature has risen to 31 degrees, and it’s hot and humid, but I think it’s getting easier to spend time in the shade as the cool breeze blows.

 

Due to the series of heavy rains that started yesterday, the operation of the Shinkansen and other railways has been affected in some places. like. And thank you to those who are working.

 

By the way, speaking of railway operation, the new Shinkansen “West Kyushu Shinkansen” has been opened from September 23, 2022, connecting Nagasaki and Takeo Onsen. The line between Takeo Onsen and Nagasaki is about 66km long and has a full standard gauge. At Takeo Onsen Station, passengers transfer at the same platform as the conventional limited express trains that operate between Hakata and Takeo Onsen. It is said to be operated by It operates 47 trains per day, and the fastest travel time between Hakata Station and Nagasaki Station is 1 hour and 20 minutes.

 

The train name will be “Kamome”, and the latest train “N700S” will be introduced. The vehicle design is based on the concept of “a unique vehicle that is unique to Kyushu”, and it is said that the concept is to deliver the warm and gentle breeze that blows from western Kyushu to the world. The interior design is a mixture of Japanese and Western styles, and it seems that the nostalgic and new space is expressed by combining classic and modern. Let’s take a look at the history of “Kamome”, which is particular about interior and exterior…

 

As a passenger train, on July 1, 1937, following the limited express “Fuji”, “Sakura” and “Tsubame”, “Kamome” appeared. It was operated between Tokyo and Kobe, but it was temporarily abolished in 1943 when the wartime system became established, but it was revived in March 1953. – Moved the place of activity from the Tokaido Main Line to the Sanyo Main Line, and was active between Kyoto and Hakata.

 

In October 1961, a nationwide blank time revision later called “Sun Roku Too” was implemented, and “Kamome” was reborn as a diesel express using the state-of-the-art Kiha 80 series 82 at that time. Initially, it operated between Kyoto and Nagasaki/Miyazaki (connected between Kyoto and Kokura), and although there were changes in the operation section after that, it remained one of the major limited expresses connecting Kansai and Kyushu.

 

In March 1975, with the opening of Hakata on the Sanyo Shinkansen, the limited express “Kamome” was discontinued, but it was revived as the L limited express “Kamome” using the 485 series train. Established as a limited express connecting Hakata and Nagasaki, after the division and privatization of JNR, it developed as one of JR Kyushu’s signboard trains, and in the Heisei era, it was renewed with a red body and various nicknames were given. In addition to the red seagull, the 885 series train, nicknamed the “white seagull,” is equipped with a pendulum-type running device on a white-based exterior. This is a 787 series train with green seats.

 

The limited express “Kamome”, which was inherited from the pre-war limited express “Kamome”, continues to play an active role as one of the representative limited express trains of each era. From October, it seems that the measures against the new corona will be further relaxed, and I still have to be careful, but I would like to experience the West Kyushu Shinkansen as soon as possible.

 

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ご実家の整理やお片付けなどをされている方のご相談などが多くございます。朝晩少し涼しい季節となってまりましたが、でくれぐれもご無理のないようになさってくださいませ。風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

また風光舎は、出張買取も強化しております。ご近所はもちろん、愛知県内、岐阜県、三重県その他の県へも出張いたします。

まずは、お電話お待ちしております。

愛知県名古屋市千種区・骨董 買取

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#西九州新幹線#かもめ

 

 

ダイアモンドが降り注ぐ 海王星の日(名古屋市千種区姫池通 古美術品買取致します。 古美術風光舎名古屋店)

2022.09.23

さて、みなさま、こんにちはスタッフNでございます。

 

一難去ってまた一難、また台風が来ているようですね。

 

世間は3連休ですが、フェスやイベントなども中止になり、落ち込んでいる方も多いのではないでしょうか。

 

残念ながらNは仕事でございます。

 

雨の覚王山を眺めながら雨音の中での仕事も、風情があってよいものでございます。

 

最近Nはyoutubeを見ながら、ダンスやら筋トレやらをしているのですが、知人に教えてもらったボディコンバットというものをしてみました。

 

が、きつすぎて5分もたたず心臓がバクバク、限界でございました。

 

なんだかリビングの床もきしみはじめ、Nの前にリビングの床がぬけるかもしれませんので、ここいらでやめておこうと思います。

 

けしてトレーニングをさぼっているわけではありません、床が心配ゆえでございます。笑

 

さて、先日沖縄に行ってきた知り合いから、沖縄のペアグラスの写真が届きました。

 

夫婦でお揃いにしたそうです、素敵でございますね。

 

 

見事なターコイズブルー、沖縄の海を思い出しそうです。

 

綺麗な水色と言えば、今日は海王星の日だそうです。

 

水金地火木土天海冥は知っているのですが、それぞれの惑星の特徴はわかりません。

 

Nはセーラームーンのあのキャラクターだな、くらいに思っております。

 

海王星のキャラクターは、セーラーネプチューン、海王みちる。

 

子供のころは、そんな知的で上品な才色兼備な女性を夢見ておりましたが、実際はドジで泣き虫な主人公の月野うさぎよりになってしまいました。

人生そう思い通りにはいきませんね。

 

セーラームーンの話は置いといて、せっかくなので海王星について調べてみました。

 

海王星(かいおうせい、英語: Neptune )は、太陽系の第8惑星で、太陽系の惑星の中では一番外側を公転しております。

 

直径は4番目、質量は3番目に大きく、地球の17倍の質量を持ち、太陽系のガス惑星としては最も密度が高いです。

 

海王星は、直径がやや大きい天王星の質量(地球の15倍)よりもわずかに大きく、164.8年かけて公転しており、太陽からは平均30.1 au(約45億 km)離れております。

 

名称は、ローマ神話における海神ネプトゥーヌスに因んで命名され、惑星記号「♆」はネプトゥーヌスが持つ三叉槍を様式化したものでございます。

 

肉眼で観望することは出来ず、太陽系において唯一、経験的観測でなく数学的予測によって発見された惑星でございました。

 

フランスの天文学者アレクシス・ブヴァールは、天王星の軌道の予期せぬ変化から、天王星の軌道が未知の惑星の重力による摂動のために生じているという推論を導きました。

 

その後、ユルバン・ルヴェリエによって予測された範囲内の位置で1846年9月23日にヨハン・ゴットフリート・ガレが望遠鏡を用いて発見いたしました。

 

海王星の衛星では最大のトリトンは、その後間もなく発見されました。

 

現在では他に13個の衛星が知られているものの、地球から海王星までの距離が大きく地上からの観測が困難なため、それらの存在が明らかとなったのは20世紀以降のことでした。

 

1989年8月25日、宇宙探査機ボイジャー2号が海王星を訪れ、フライバイを行いました。

(フライ‐バイ【fly-by】 とは、宇宙船や探査機が天体近傍を接近通過すること。 接近する短時間の間に各種探査を行う。 また、天体の万有引力を利用して加速・減速・方向転換を行うスイングバイを指すこともある。)

 

ハッブル宇宙望遠鏡や補償光学機能を備えた大型の地上望遠鏡の登場によって、近年は遠方からの更なる観測が可能になっているそうです。

 

水やメタン、アンモニアなどの「氷」の割合は大きいものの、木星や土星と同様に海王星の大気は主に水素やヘリウム、そして微量の炭化水素と窒素で構成されております。

 

しかし、天王星と同様にその内部は氷と岩石で構成されております。

 

そのため通常は、天王星と海王星は木星、土星との違いを強調して天王星型惑星(巨大氷惑星)とみなされております。

 

 

海王星の青い外観は、最も外側の領域に存在している微量のメタンによって作り出されているとされてております。

 

霞んだ、比較的特徴を欠いている天王星の大気とは対照的に、海王星の大気は活発で、明確な変化が見られる気候を持ちます。

 

例えば、1989年にボイジャー2号がフライバイを行った時点では、南半球に木星の大赤斑に類似した大暗斑と呼ばれる模様が存在していました。

 

これらの気象パターンは、太陽系のどの惑星よりも強い持続的な風によって引き起こされ、観測された風速は2100 km/h(580 m/s)にもなります。

 

太陽からの距離が遠いため、海王星の外側の大気は太陽系で最も温度の低い場所の1つであり、雲頂での温度は55 K(-218 ℃)に近いのに対して、惑星の中心部の温度は約5400 K(約5100 ℃)になっていると考えられています。

 

海王星は微かで断片的な環を持っており、この環は1984年に発見され、後にボイジャー2号の観測でも確認されました。

 

望遠鏡を通じて記録されたこれまでで最も初期の観測記録の一部である、1612年12月28日と1613年1月27日にガリレオ・ガリレイが描いた図面には、海王星が位置していた地点が記されていました。

 

しかし、どちらの場合もガリレオは海王星を、合を起こしている木星の近くにある恒星と誤って認識していたとされております。

 

したがって、ガリレオは海王星を発見したとはみなされておりません。

 

青く見えるのは海王星に海があるからではなく、表層のガスに含まれるメタンのためでございます。
メタンは赤い色を吸収して青い色を散乱する性質があり、太陽光のなかの青い光が反射されているのです。

 

暴風の横じまや大暗斑を見せる海王星は、「青い木星」とも言えるのです。

 

そして海王星のこの過酷で異様な環境下では、大気を形成するメタン(CH4)が分離して炭素が高圧で変質しダイヤモンドとなり、中心核に向かって降下する「ダイヤモンドの雨」が降り注いでいます。

 

ダイアモンドが降りそそぐなんて、ロマンチック~と一瞬思いましたが、普通に考えたら危険ですね。

 

ではでは

 

Hello everyone, this is Staff N.

 

It seems that another typhoon is coming after one disaster has passed.

 

It’s been a three-day weekend in the world, but festivals and events have been canceled, and I think many people are depressed.

 

Unfortunately, N is at work.

 

Working in the sound of rain while gazing at Mt.

 

Recently, N has been doing dance and muscle training while watching youtube, and I tried something called body combat that an acquaintance taught me.

 

However, it was too tight and my heart was pounding in less than 5 minutes.

 

The floor in the living room is starting to creak, and the floor in the living room may come out before N, so I think I’ll stop here.

 

It’s not that I’m skipping training, it’s because I’m worried about the floor. smile

 

Well, the other day, I received a picture of Okinawa’s pair glasses from an acquaintance who went to Okinawa.

 

It seems that the couple has been matched, it is wonderful.

 

 

 

Stunning turquoise blue, it seems to remind me of the sea of ​​Okinawa.

 

Speaking of beautiful light blue, it seems that today is Neptune’s day.

 

I know water, metal, fire, wood, earth, and heaven and earth, but I don’t know the characteristics of each planet.

 

I think that N is that character of Sailor Moon.

 

Neptune characters are Sailor Neptune and Kaioh Michiru.

 

When I was a child, I dreamed of such an intelligent, elegant, talented woman, but in reality, I ended up with the clumsy and crybaby Usagi Tsukino.

Life doesn’t always go as planned.

 

Leaving aside the story of Sailor Moon, I tried to find out about Neptune.

 

Neptune (English: Neptune) is the eighth planet in the solar system and is the outermost planet in the solar system.

 

It is the fourth largest in diameter and the third largest in mass, with 17 times the mass of Earth and the densest gas planet in the solar system.

 

Neptune is slightly larger than the slightly larger Uranus (15 times the mass of Earth), orbits it for 164.8 years, and is an average of 30.1 AU (about 4.5 billion km) from the Sun.

 

The name is named after Neptune, the god of the sea in Roman mythology, and the planet symbol “♆” is a stylized trident held by Neptune.

 

It was the only planet in the solar system that could not be observed with the naked eye and was discovered not by empirical observation but by mathematical prediction.

 

French astronomer Alexis Bouvard has led the inference that the orbit of Uranus is caused by perturbations by the gravitational force of an unknown planet from unexpected changes in the orbit of Uranus.

 

It was later discovered by Johann Gottfried Galle using a telescope on September 23, 1846, within the range predicted by Urbain Le Verrier.

 

Neptune’s largest moon, Triton, was discovered shortly thereafter.

 

Although 13 other moons are known at present, their existence was revealed only after the 20th century because the distance from the Earth to Neptune is so large that it is difficult to observe them from the ground.

 

On August 25, 1989, the space probe Voyager 2 visited Neptune and performed a flyby.

(Fly-by means that a spacecraft or probe passes close to a celestial body. Various explorations are performed in a short period of time.・It may also refer to a swing-by that changes direction.)

 

With the advent of the Hubble Space Telescope and large ground-based telescopes equipped with adaptive optics functions, it seems that in recent years it has become possible to perform further observations from a distance.

 

Like Jupiter and Saturn, Neptune’s atmosphere is mainly composed of hydrogen and helium, with trace amounts of hydrocarbons and nitrogen, although there is a large proportion of “ice” such as water, methane, and ammonia.

 

However, like Uranus, its interior is composed of ice and rock.

 

Therefore, Uranus and Neptune are usually regarded as Uranus-type planets (ice giant planets), emphasizing the difference from Jupiter and Saturn.

 

 

 

Neptune’s blue appearance is thought to be caused by trace amounts of methane present in its outermost regions.

 

In contrast to the hazy, relatively featureless atmosphere of Uranus, Neptune’s atmosphere is active and has a distinctly variable climate.

 

For example, when Voyager 2 flew by in 1989, there was a pattern called the Great Dark Spot similar to Jupiter’s Great Red Spot in the southern hemisphere.

 

These weather patterns are caused by the strongest and most persistent winds of any planet in the solar system, with observed wind speeds as high as 2100 km/h (580 m/s).

 

Because of its great distance from the Sun, Neptune’s outer atmosphere is one of the coldest places in the solar system, with temperatures close to 55 K (-218 °C) at the cloud tops, compared to temperatures in the planet’s core. is believed to have a temperature of about 5400 K (about 5100 °C).

 

Neptune has faint and fragmentary rings that were discovered in 1984 and later confirmed by Voyager 2 observations.

 

Drawings made by Galileo Galilei on December 28, 1612 and January 27, 1613, some of the earliest observations ever recorded through a telescope, show where Neptune was located. was written.

 

In both cases, however, Galileo is said to have mistakenly identified Neptune as a nearby star to the conjunct Jupiter.

 

Galileo is therefore not credited with discovering Neptune.

 

 

The reason why it looks blue is not because Neptune has an ocean, but because of the methane contained in the surface gas.

Methane absorbs red colors and scatters blue colors, so the blue light in sunlight is reflected.

 

Neptune, which shows the horizontal stripes of storms and the Great Dark Spot, can also be called “blue Jupiter.”

 

In this harsh and bizarre environment of Neptune, methane (CH4), which forms the atmosphere of Neptune, separates and the carbon transforms into diamonds under high pressure. .

 

For a moment, I thought it would be romantic to see diamonds pouring down, but if you think about it normally, it’s dangerous.

 

Neptune has a brightness of about 8th magnitude, and if the sky is dark, it can be found with binoculars or a small astronomical telescope.

 

 

When the rain stops, why not look up at the night sky and look for Neptune?

 

At Antique Fukousha, we also purchase pottery and brand tableware.

 

See you soon

 

 

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#海王星 #古美術 #骨董 #買取

時代の移り変わりを実感。(名古屋市千種区姫池通 古美術品買取致します。 古美術風光舎名古屋店)

2022.09.22

みなさま、こんにちはスタッフYでございます。

 

先日、エリザベス女王の国葬の様子をTVにてみておりましたが、全世界に放映されイギリスでの視聴率はなんと国民の40%の方とのこと。また、沿道にお別れをしに集まった方々もものすごい数でしたね。日本でもご覧になられた方も多かったのではないでしょうか。

 

急なご逝去にもかかわらず、以前から準備をなさっていたとのことですので、すべての儀式などの執り行われ方は、とても粛々と執り行われているように感じ取れましたが、生前、女王も相当のご準備をされていたのでしょう。

 

国葬は、世界の要人やイギリス国内の皇室関係者や早々たる方々がいらっしゃいましたのたいへんな厳戒態勢のもとでピリッとした国葬になるのではと思ったのですが、ところどころにエリザベス女王の後を引き継ぐものや国民へのお心遣いやチャーミングなお人柄がわかるようなところもおありで、心温まるお葬式でもありましたね。

 

お棺のお花などはチャールズ国王が選んだもので「追憶」の花ことばを持つローズマリーや、女王の結婚式のブーケのお花を育てられたギンバイカのお花をお使いになったりと、他にも母に対する深い愛情を感じさせるものとして話題になったり、聖歌はこれまでの女王にゆかりのある聖歌が歌われていたり、ウインザー城では、女王の愛犬だった2頭のコーギー犬もひつぎの到着を待っていたりと、所々に女王のお人柄が垣間見えたりも致しました。

 

また、イギリス国教会の最高位の聖職者であるカンタベリー大主教による説教の中で、カンタベリー大主教は「21歳の誕生日に、生涯、公務に身をささげると宣言したのはよく知られている。これほどまでに約束が守られたことはほとんどない」と述べ、だれもが女王のその70年の重みを感じたのではないでしょうか。

 

私がとても印象的たっだのは、国葬の最後に演奏されたバグパイプでありました。これも女王がお考えになられていたようですが、バグパイプの奏者の方が教会の少し高いところで演奏をしておりまたが、途中から演奏をしながらゆっくりと袖へと退出。ウェストミンスター寺院の中に鳴り響いておりましたバグパイプの音が、徐々に徐々にゆっくりと消えていきました。

ここにちょっと感動してしまいまして、この消えゆくバグパイプの音に、女王が「そろそろ行きますね、それではごきげんよう」と最後のご挨拶をていらっしゃるようなお姿のように重なってまいりました。また、消えゆくバグパイプの音を聞きながら、ゆっくりと歴史の教科書をのページをめくっていくように、「時代が変わっていくのだな」との実感も致しました。

 

時代はきっとこのような流れので、これまでもこれからも移っていくのでしょうが、エリザベス女王の国葬はそれを生きている間にはっきりと実感できた一時だったような。また、私も移り行く時代の中のほんの一瞬生きているのだけなの人なのだなとも感じました。

 

それにしても私とここにいる古美術等。彼らも私よりももっと長くももっとたくさんの時代の移り変わりを眺めてきたことでしょうから、ここまでに至った経緯がちょっと気にはなります。

今となっては何も語らず静かにここに佇んでおりますが、彼らは私よりもこれからずっと先の時代をも眺めていくでしょうから、「これからもいろいろ見ていておくれよ。」と、今日はそんな彼らに託しておきたい気分でもありました。

 

それでは、ごきげんよう。

 

 

 

 

Hello everyone, this is staff Y.

 

The other day, I was watching the State Funeral of Queen Elizabeth II on TV. Also, there was a tremendous number of people who gathered along the roadside to say goodbye. Many of you must have seen it in Japan as well.

 

Despite her sudden demise, preparations had already been made in advance, so I felt that all the ceremonies and other ceremonies were carried out in a very solemn manner. The Queen must have made considerable preparations.

 

The state funeral was attended by dignitaries from all over the world, members of the British imperial family, and other people, so I thought it would be a tangy state funeral under a very strict security system, but here and there, Queen Elizabeth II was present. It was also a heartwarming funeral, where you can see the things that will take over, the consideration for the people, and the charming personality.

 

The flowers for the coffin were chosen by King Charles, and he used rosemary, which has the flower language of “reminiscence,” and myrtle flowers, which were used for the Queen’s wedding bouquet. It has become a hot topic as it expresses the deep affection for her mother, and the hymns that are related to the Queen are sung. As I waited, I could catch a glimpse of the Queen’s personality here and there.

 

Also, in a sermon by the Archbishop of Canterbury, the highest clergyman in the Church of England, it is well known that on his 21st birthday he declared that he would devote himself to public service for the rest of his life. Few promises have been kept to such an extent.” Everyone must have felt the weight of the Queen’s 70 years.

 

What impressed me the most was the bagpipes played at the end of the state funeral. This seems to have been the Queen’s idea as well, but the bagpipe player was playing a little higher up in the church, and slowly stepped out into her sleeve while playing midway through. The sound of bagpipes reverberating in Westminster Abbey slowly faded away.

I was a little touched by this, and the sound of the disappearing bagpipes overlapped with the image of the Queen saying her last goodbye, “It’s time to go. Goodbye, then.” Also, while listening to the sound of the disappearing bagpipes, I realized that “the times are changing,” as if slowly turning the pages of a history textbook.

 

The times will surely change in this way, and it will continue to change, but Queen Elizabeth’s state funeral was a time when I was able to clearly realize that while I was alive. I also felt that I am a person who lives only for a moment in the changing times.

 

Even so, the antiques that are here with me. I’m a little curious as to how they got to where they are, since they’ve probably seen more and more changes over time than I have.

Now they are quietly standing here without saying anything, but since they will be looking at the future far ahead of me, I would say, “Please keep watching over me.” Today, I felt like entrusting myself to them.

 

Good evening.

 

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ついに行ってきました(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董買取 古美術風光舎)

2022.09.21

皆さま、こんにちは。スタッフMです。

 

台風14号が温帯低気圧に変わり、とても秋らしい陽気。昨晩はエアコンを消して快適に眠ることができました。

ただ秋分の日から3連休は、日本の南海上で新たな熱帯低気圧が発生する予想で、大雨をもたらす恐れがあり注意が必要だそうです。

せっかくの3連休ですが、雨予想・・以前ブログでも書かせていただきましたが、雨の日は大掃除にもってこいの日なので、皆さまもリフレッシュ兼ねて大掃除をしてみてはいかがでしょうか。

そして大掃除などでで、古い物出てきましたら是非買取させていただきます!!

 

さて。ついに行ってきました。念願の「ボテロ・ふくよな魔法」。

 

 

生誕90年、巨匠ボテロの大規模展が東京で始まり、ついに名古屋でも7月16日から始まりました。とっても楽しみにしていたのですが、想像をはるかに超えるくらい面白かったです。

 

以前のブログをまだ読んでいただいてない方もいらっしゃると思いますので、簡単にご紹介させていただきます。

南米コロンビア出身の美術家、フェルナンド・ボテロ(1932年~)。1950年代後半から欧米で高く評価され、今日では現代を代表する美術家の一人に数えられています。

ボテロに注目が集まったのは1963年、ニューヨークのメトロポリタン美術館で、レオナルドダヴィンチの「モナ・リザ」が展覧されたとき、モダンアートの殿堂、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のエントランスホールにボテロの「12歳のモナ・リザ」が展示されたことに始まるそうです。

 

ボテロの作品の特徴づけているのは、あらゆるかたちが膨らんでいるということ。ボテロのモチーフは、人物も動物もふくよかで、果物は熟れきっているかのように膨らみ、楽器や日用品さえも膨張しています。

観る人を惹きつけてやまない、ふくよかでユーモア、時に風刺を交えた独特な作風、そして作品自体の大きさにも圧倒されてしまいました。

そして、本展では2020年制作の「モナ・リザの横顔」が世界初公開され、その存在感と90歳を迎えた今もなお、美術家として探求し続ける気迫の伝わる1枚でした。

 

初期から近年までの油彩、水彩・素描作品など全70点すべて鑑賞し、ボテロ展のオリジナルグッズなどもいくつか購入して帰ってきました。スタッフMの自宅の冷蔵庫には今まで訪れた展示会で購入したマグネットたちが飾ってあるのですが、また1つ大切なものが増えました。

 

では。

 

Hello everyone. This is staff M.

Typhoon No. 14 turned into an extratropical cyclone, and it was very sunny like autumn. Last night I turned off the air conditioner and was able to sleep comfortably.

However, it is expected that a new tropical cyclone will occur over the sea south of Japan during the three consecutive holidays from the autumnal equinox, and it is likely to bring heavy rain, so caution is required. It’s been a long three-day weekend, but it’s expected to rain… As I wrote on my blog before, rainy days are the perfect days for general cleaning, so why not refresh yourself and do some general cleaning?And if you come across old items during cleaning, etc., we will definitely buy them! !

 

Now. I finally went. The long-awaited exhibition “Botero, Plump Magic”. On the 90th anniversary of his birth, a large-scale exhibition of master Botero began in Tokyo and finally started in Nagoya on July 16th. I was really looking forward to it, but it was so much more fun than I imagined.

 

For those of you who haven’t read my previous blogs yet, let me briefly introduce them.

Fernando Botero (1932-) is an artist from Colombia, South America. Since the late 1950s, he has been highly acclaimed in Europe and the United States, and today he is counted as one of the leading artists of our time. Botero first attracted attention in 1963 when Leonardo da Vinci’s “Mona Lisa” was exhibited at the Metropolitan Museum of Art in New York. The 12-year-old Mona Lisa is said to have been exhibited.

 

What characterizes Botero’s work is that all forms are inflated. In Botero’s motifs, both figures and animals are plump, fruits swell as if they are ripe, and even musical instruments and daily necessities swell. I was overwhelmed by the size of the work itself, as well as the unique style of the work, which is full of humor, sometimes mixed with satire, and which attracts the viewers.

 

In this exhibition, “Mona Lisa’s profile” produced in 2020 was unveiled for the first time in the world, and it was a piece that conveyed its presence and the spirit of continuing to explore as an artist even at the age of 90. We viewed all 70 works, including oil paintings, watercolors, and drawings from the early days to recent years, and purchased some original goods for the Botero exhibition. The refrigerator in Staff M’s home is decorated with magnets that I bought at the exhibitions I’ve visited so far, but there’s one more important item.

 

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ご実家の整理やお片付けなどをされている方のご相談などが多くございます。朝晩少し涼しい季節となってまりましたが、でくれぐれもご無理のないようになさってくださいませ。風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

また風光舎は、出張買取も強化しております。ご近所はもちろん、愛知県内、岐阜県、三重県その他の県へも出張いたします。

まずは、お電話お待ちしております。

愛知県名古屋市千種区・骨董 買取

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#ボテロ#美術

空の日 沖縄の空(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董買取 古美術風光舎)

2022.09.20

こんにちは、スタッフNでございます。

 

台風も過ぎ去り、気温もちょうどよく風が気持ちよくなりましたね。

 

穏やかで過ごしやすい秋、一番好きな季節かもしれません。

 

今日は、全身グレーに白靴下をはいたおしゃれな猫ちゃんに会うことができました。

 

野良猫たちは台風大丈夫でしたでしょうか、心配です。

 

先日知人から、飛行機から見た沖縄の空の写真を送っていただきました。

 

 

Nは生まれて一か月で飛行機に乗ったそうで、飛行機が大好きでございます。

長距離移動はさすがにきついですが、数時間のフライトなら毎日でも乗りたいくらいです。

この景色を見るためにお金を払ってもいいですね。

 

さて、今日は「空の日」でございます。

 

1940年(昭和15年)に「航空の日」として制定されました。

 

戦争中中断されていたが、1953年(昭和28年)に復活致しました。

 

運輸省(現:国土交通省)航空局が1992年(平成4年)に「空の日」と改称しました。

 

1911年(明治44年)のこの日、山田猪三郎が開発した山田式飛行船が、滞空時間1時間の東京上空一周飛行に成功いたしました。

 

日本で初飛行に成功したのは、1910年(明治43年)12月19日に東京・代々木錬兵場で徳川大尉が行った飛行実験でした。

 

しかし、12月では気候的に航空の行事に適さないため、帝都上空一周飛行が行われた9月20日を「航空の日」としました。

 

航空の安全と一層の成長を願い、広く国民に親しまれるようにアピールすることが目的になっております。

 

日本の航空は、1952年(昭和27年)の民間航空再開以来、半世紀の間に目覚ましい発展を遂げ、今や国民生活にとって不可欠の交通機関となるとともに、空港は地域発展の核となっております。

 

「空の日」が制定された1992年は、民間航空再開40周年に当たる年でした。

 

また、9月20日の「空の日」のほかに、9月20日~30日を「空の旬間」に制定しております。

 

シンボルキャラクターの「くにまるくん」は「空の日」改称時に同時に設定され、「く(9)に(2)まる(0)」と読む語呂合わせで命名されました。

 

「空の日」を含む「空の旬間」には、空港においてスカイフェスタなどの大規模イベントが行われるほか、各地の空港・レーダー事務所において、管制塔などの空港施設見学・航空教室などが開催されます。

飛行機、空、というとジブリ映画の「風立ちぬ」が思い浮かびますね。

 

内容をあまり覚えてはいないのですが、女性目線で見ると少し気になる部分がたくさんあったのを覚えております。

 

逆に知人の男性は「風立ちぬ」が大好きで、絶賛しておりました。

 

それぞれの立ち位置、憧れなどできっと感じ方が違うのでしょう。

 

茶道具、ブランド食器など「こんなものでも大丈夫かしら?」というものでも、一度ご相談くださいませ。

 

ではでは

 

 

 

Hello, this is staff N.

 

The typhoon has passed, and the temperature is just right, and the wind feels good.

 

Autumn is mild and pleasant, and it may be my favorite season.

 

Today, I was able to meet a stylish cat who wears white socks on the whole body gray.

 

I’m worried if the stray cats were okay in the typhoon.

 

The other day, an acquaintance sent me a picture of the sky of Okinawa seen from an airplane.

 

 

 

It seems that N got on an airplane a month after he was born, and he loves airplanes.

It’s hard to travel long distances, but if it’s a flight for a few hours, I’d like to take it every day.

I would pay to see this view.

 

Well, today is “sky day”.

 

In 1940 (Showa 15), it was enacted as “Aviation Day”.

 

It was suspended during the war, but was revived in 1953 (Showa 28).

 

In 1992, the Civil Aviation Bureau of the Ministry of Transport (currently the Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism) changed its name to Sky Day.

 

On this day in 1911 (Meiji 44), the Yamada airship developed by Isaburo Yamada successfully completed a one-hour flight over Tokyo.

 

The first successful flight in Japan was on December 19, 1910 (Meiji 43), when Captain Tokugawa conducted a flight experiment at the Yoyogi Training Grounds in Tokyo.

 

However, the weather in December is not suitable for aviation events, so September 20th, when the flight around the Imperial capital was performed, was designated as Aviation Day.

 

The purpose is to appeal to the public so that they can be widely familiar with the safety and further growth of aviation.

 

Since the resumption of civil aviation in 1952, Japan’s aviation has achieved remarkable development in half a century, and now it has become an indispensable means of transportation for people’s lives, and airports have become the core of regional development. increase.

 

The year 1992, when “Sky Day” was enacted, was the 40th anniversary of the resumption of civil aviation.

 

In addition to “Sky Day” on September 20th, we have established “Sky Season” from September 20th to 30th.

 

The symbol character “Kunimaru-kun” was set at the same time as “Sora no Hi” was renamed, and was named with a pun to read “Ku (9) to (2) Maru (0)”.

 

In addition to large-scale events such as Sky Festa held at airports during the “Sky Season” including “Sky Day”, tours of airport facilities such as control towers and aviation classes are held at airports and radar offices throughout the country. It would be held.

When you think of airplanes and the sky, the Ghibli movie “The Wind Rises” comes to mind.

 

I don’t remember much about the content, but I do remember that there were a lot of things that bothered me when I saw it from a female perspective.

 

On the other hand, a male acquaintance loved “The Wind Rises” and praised it highly.

 

Each person’s standing position, yearning, etc. will surely make them feel differently.

 

Please feel free to contact us even if you are wondering if something like tea utensils or brand tableware is okay.

 

See you soon

 

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#川合玉堂 #犬 #掛軸 #古美術風光舎 #骨董

川合 玉堂の子犬掛軸が可愛すぎて仕事がはかどります(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董買取 古美術風光舎)

2022.09.19

こんにちは、スタッフNでございます。

 

先日のスタッフのブログで紹介されていたbohemianvoodooを聞きながら、ブログを書いております。

 

学生時代に、八ヶ岳に野外映画とパラグライダーをしに行ったことがあるのですが、そんな素敵な音楽堂があることを今まで知らずにおりました。

 

いつか行ってみたいと思います。

 

さて、台風も近づいてまいりまして、こちらも風が強くなってまいりました。

 

先ほど、強風の中散歩している犬がおりまして、飼い主は大変そうでしたが、犬はいつもより強い風に大喜びでございました。

 

今朝出勤いたしましたら、とても可愛らしい子犬の掛軸がございました。

 

筆の柔らかい感じと丸々とした体がなんとも言えません。

 

この子のおかげで、仕事がはかどります。

 

 

 

今日はこちらの子犬の作者の川合 玉堂(かわい ぎょくどう)について調べてまいりました。

 

1873年〈明治6年〉11月24日 – 1957年〈昭和32年〉6月30日)明治・大正・昭和時代の日本で活動した日本画家でございます。

 

本名は 川合 芳三郎(かわい よしさぶろう)で、画号は当初「玉舟(ぎょくしゅう)」、間もなく「玉堂」に改め、晩年は終の棲家と同名の「偶庵(ぐあん)」を別号として用いました。

愛知県葉栗郡外割田村(現在の一宮市木曽川町外割田)にて、1873年(明治6年)11月24日、筆墨紙商の長男として生まれます。

 

なんと、知人の家の近くに、こんな素敵な作家が昔住んでいたとは、運命を感じます。

 

1881年(明治14年)、一家は岐阜市に移住致します。

絵には12歳頃から親しむようになったといいます。

 

1886年(明治19年)、京都の画家・青木泉橋が岐阜に来住すると、夫人も翠蘋と号する美人画家で、芳三郎少年は青木夫妻の知遇を得て大いに刺激を受けたそうです。

 

1887年(明治20年)・14歳を迎える年の9月、青木泉橋の紹介状を持って京都に上り、四条派・望月玉泉の門に入り、「玉舟」の号を得ます。

 

1890年(明治23年)11月になると円山派・幸野楳嶺の画塾「大成義会」に入り、同年、『春渓群猿図』『秋渓群鹿図』の連作を第3回内国勧業博覧会に出品して早くも入選を果たすと、これを機に「玉堂」に改号致しました

1896年(明治29年)・23歳の時に上京して(東京へ移住して)橋本雅邦に師事します。

 

岡倉覚三(天心)、雅邦、横山大観らの創立した日本美術院には1898年(明治31年)当初より参加。

 

1900年(明治33年)頃からは私塾「長流画塾」を主宰しております。

 

1907年(明治40年)には第1回文展(第1回文部省美術展覧会。cf 日展#開催歴 )の審査員に任命され、また、1915年(大正4年)からは東京美術学校日本画科教授、1917年(大正6年)6月11日には帝室技芸員に任じられ、日本画壇の中心的存在の一人となります。

 

1931年(昭和6年)にはフランス政府からレジオンドヌール勲章を授与されました。

 

1933年(昭和8年)にはドイツ政府から赤十字第一等名誉章を授与されました。

 

1940年(昭和15年)には日本政府から文化勲章を授与されました。

第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)、かねてより写生で頻繁に訪れていた東京都西多摩郡三田村御岳(現・青梅市御岳)に疎開し、住居を「偶庵(ぐあん)」、画室を「随軒(ずいけん)」と称しました。

 

戦後も同地の自然を愛する玉堂はそのまま定住し、同地にて1957年(昭和32年)6月30日、心臓喘息で死去いたしました。贈・正三位・勲一等旭日大綬章(没時叙勲)。

 

神奈川県横浜市金沢区には1917年(大正6年)頃に建設した別邸「二松庵」があり、横浜市指定有形文化財として月1回の一般公開もなされていましたが、2013年(平成25年)10月16日に発生した火災で全焼してしまったそうです。

 

二松庵庭園は2016年(平成28年)11月4日付で横浜市の名勝に指定されました。

 

日本の四季の山河と、そこで生きる人間や動物の姿を美しい墨線と彩色で描くことを得意とし、玉堂のもとには、長野草風、池田輝方、池田蕉園、松本姿水、山内多門、高橋玉淵、今中素友、田中針水、石渡風古ら多くの門人がおりました。

 

玉堂は、1944年(昭和19年)から死去する1957年(昭和32年)までを東京都西多摩郡三田村御岳(現・青梅市御岳)で過ごしました。

 

玉堂の死後、画家がこの地で愛した御岳渓谷に美術館を設置しようという声があがりました。

 

香淳皇后の支援のもと、諸団体、地元有志、ならびに全国の玉堂ファンから多大な寄付を受け、死後4年を経た1961年(昭和36年)5月に玉堂美術館が開館しました。

 

玉堂美術館いつか行ってみたいですね。

 

古美術風光舎では、川合 玉堂など 動物の掛軸も買取致しております。

 

ではでは

 

 

 

Hello, this is staff N.

 

A typhoon is approaching, and the wind is getting stronger.

 

A little while ago, there was a dog walking in a strong wind.

 

When I went to work this morning, I found a hanging scroll of a very cute puppy.

 

I can’t say anything about the soft feeling of the brush and the plump body.

 

Thanks to this child, work progresses.

 

Today, I have researched about Gyokudo Kawai, the creator of this puppy.

 

November 24, 1873 (Meiji 6) – June 30, 1957 (Showa 32)) A Japanese-style painter active in Japan during the Meiji, Taisho, and Showa periods.

 

His real name was Yoshisaburo Kawai, and his painting name was initially “Gyokushu,” but soon changed to “Gyokudo.” I used it as a separate number.

 

Born on November 24, 1873 (Meiji 6) in Sotowarita Village, Haguri District, Aichi Prefecture (currently Sotowarita, Kisogawa-cho, Ichinomiya City) as the eldest son of a calligrapher and paper merchant.

 

It feels like fate that such a wonderful writer used to live near my acquaintance’s house.

 

In 1881 (Meiji 14), his family moved to Gifu City.

It is said that he became familiar with painting from around the age of 12.

 

In 1886 (Meiji 19), when Izumihashi Aoki, a painter from Kyoto, came to Gifu, his wife was also a beautiful painter called Suiban, and it is said that young Yoshisaburo was greatly inspired by the courtesy of Mr. and Mrs. Aoki. is.

 

In September of 1887 (Meiji 20), the year he turned 14, he traveled to Kyoto with a letter of introduction from Izumibashi Aoki, entered the gate of Gyokusen Mochizuki of the Shijo school, and received the name ‘Gyokufune.’

 

In November 1890 (Meiji 23), he entered Taisei Gikai, a painting school of the Maruyama school Kono Bairei, and in the same year completed his third series of paintings, “Shunkei Zaru Zu” and “Shukei Guroku Zu”. After exhibiting at the Industrial Expo and being selected as a winner, we changed the name to “Gyokudo” on this occasion.

 

In 1896, at the age of 23, he moved to Tokyo and studied under Gaho Hashimoto.

 

From 1898 (Meiji 31), he participated in the Japan Art Institute founded by Kakuzo Okakura (Tenshin), Gaho, and Taikan Yokoyama.

 

Since around 1900 (Meiji 33), he has been presiding over the private school “Osaryu Painting School”.

 

In 1907 (Meiji 40), he was appointed as a judge of the 1st Bunten (the 1st Ministry of Education art exhibition. cf Nitten #Holding history), and from 1915 (Taisho 4) he was appointed as a judge of Tokyo art. He was appointed as a professor at the school’s Japanese painting department, and on June 11, 1917, was appointed as an Imperial Household Artist, becoming one of the central figures in the Japanese painting world.

 

In 1931, he was awarded the Legion of Honour by the French government.

 

In 1933 (Showa 8), the German government awarded him the Red Cross First Class Medal of Honor.

 

In 1940 (Showa 15) he was awarded the Order of Culture by the Japanese government.

 

 

In 1944 (Showa 19) during World War II, he evacuated to Mitake, Mitamura, Nishitama-gun, Tokyo (currently Mitake, Ome City), where he had frequently visited for sketching, and moved to Guan. , the studio was called ‘Zuiken’.

 

Even after the war, Gyokudo, who loved the nature of the area, settled there and died of heart asthma on June 30, 1957 (Showa 32). He received the Grand Cordon of the Rising Sun, the Order of the Rising Sun, the First Third Rank, and the Order of the Rising Sun (conferred at the time of his death).

 

In Kanazawa Ward, Yokohama City, Kanagawa Prefecture, there is a villa “Nishoan” that was built around 1917 (Taisho 6), and it was opened to the public once a month as a Yokohama City Designated Tangible Cultural Property, but in 2013 ( Heisei 25) It seems that it was completely destroyed by the fire that occurred on October 16th.

 

Nishoan Garden was designated as a scenic spot of Yokohama City on November 4, 2016.

 

He specializes in depicting the mountains and rivers of Japan in four seasons and the figures of humans and animals that live there with beautiful ink lines and colors. , Tamabuchi Takahashi, Sotomo Imanaka, Harimizu Tanaka, and Fuko Ishiwatari.

 

From 1944 until his death in 1957, Gyokudo lived in Mitake, Mitamura, Nishitama-gun, Tokyo (now Mitake, Ome City).

 

After the death of his Gyokudo, there were calls to establish an art museum in the Mitake Valley, which the artist loved in this area.

 

With the support of Empress Kojun, the Gyokudo Museum opened in May 1961, four years after his death, with a large amount of donations from various groups, local volunteers, and Gyokudo fans nationwide. .

 

I would love to visit the Gyokudo Museum someday.

 

At Antique Fukousha, we also purchase hanging scrolls of animals such as Gyokudo Kawai.

 

See you soon

 

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「赤壁賦」をお勉強しました(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董買取 古美術風光舎)

2022.09.18

こんにちは、スタッフYでございます。

 

本日の名古屋は雨。こんな日は、お店の中の片付けやお掃除をいつもより丁寧にしているのですが、ふと手に取った茶器の柄がきになりまして、ちょっとお勉強してみました。

 

 

 

 

こちらの茶器は江戸後期の瀬戸の陶工 「半助」の作品であります。ふっくらとした形に細かく優しい文字に何故か惹かれますね。

描かれた文字は中国の漢詩「赤壁賦」。

 

「赤壁賦」は蘇東坡の代表作の詩でして、中国、北宋(ほくそう)の政治家、文学者。この詩は、宋の元豊五年(1082年)旧暦七月十六日夜の時の事が詩の中で詠まれた詩のようです。

そもそも三国志で有名な赤壁の戦いは西暦208年の出来事であり、それから約800年後に、蘇軾が訪れた古戦場とされる場所の景色と、それを前にしての蘇軾の心情が綴られている大変情緒溢れる詩なのですが、如何せん教養が薄いもので、ここでお勉強させていただきますので、少々お付き合いのほどを。

 

「赤壁賦」は2つの詩によって構成されているようでして、最初は7月に書かれた「前赤壁の賦」、そしてもうひとつは、それから3ヶ月後の10月に書かれた「後赤壁の賦」のようですが、実は蘇軾が遊んだ赤壁は、偽の赤壁であるようです。

 

なぜならば、蘇軾が訪問したのは湖北省黄岡市黄州区西北の長江北岸の赤鼻磯であり「東坡赤壁(別名、文赤壁)」と呼ばれてるようです。この地は実際の戦場ではなかったのですが、晩唐の詩人杜牧が詩に詠んだことから赤壁の古戦場と見なされるようになり、蘇軾の作品によって、実際の古戦場以上に有名になってしまった場所のようで、本来の赤壁の戦いの古戦場は、湖北省蒲圻市(現:赤壁市)西南の長江南岸に位置する赤壁山のようですが、赤壁の戦に思いを馳せうたったこの詩のすばらしさによって、それはどうでもよくなっております。

 

 

 

 

でですね、この茶器に描かれた「赤壁賦」はといいますと、スタッフY調べによりますと、どうやら「後赤壁の賦」のようでありました。

詩の冒頭は、「是歳十月之望…」と、続いております。

 

全文を解釈付きで読みましたが、内容を端的に読みますと、(全く情緒がなく、すみません)元豊五年の旧暦十月十五日の夜、蘇軾は再び赤壁を訪ね、この時は、二人の客人と雪堂から臨皋亭に帰る途中、風雅な話をしているうちに、酒と肴を調達して、赤壁まで月見に出かけた様子をえがいております。前作と異なるところは、この作品には道士が夢に出てくるなど、道教的な雰囲気が色濃く漂っていることのようですが、漢文がすらすらと読めたのなら、もっとこの詩の風景を想像しながら味わうことができたのでしょうが、注釈付きで読むのが精いっぱいでありました。

 

漢文を読むにはしばらくお勉強は必要ですので、せめてこの茶器にお茶を注ぎ、つたない知識に苦戦しながら「赤壁賦」を読み解き、その風景に思いを馳せ、一服することを当座の目標にすることと致します笑。

 

それではごきげんよう。

 

 

Hello, this is Staff Y.

 

It is raining in Nagoya today. On days like this, I clean up and tidy up the store more carefully than usual, but I was curious about the pattern of a tea utensil I picked up, so I studied it a little.

 

This tea bowl is a work of “Hansuke,” a Seto potter of the late Edo period. I was attracted by its plump shape and fine, gentle characters.

The characters are from a Chinese poem “Akakabe-obi”.

 

The poem is a masterpiece of Su Dongpo, a politician and literary scholar of the Northern Song Dynasty in China. This poem seems to be a poem about the time of the night of the 16th day of the seventh lunar month in the fifth year of Yuanfeng (1082) in the Song Dynasty.

The famous Battle of Red Cliffs in the Romance of the Three Kingdoms took place in 208 AD, and this is a very emotional poem that describes the scenery of the supposedly ancient battlefield that Su Shi visited about 800 years later, as well as his feelings in front of it. Please bear with me.

 

The first poem, “A Fable on Red Cliff,” was written in July, and the second poem, “A Fable on Red Cliff,” was written three months later in October.

 

Because it seems that Su Shi visited Red-Nose Beach on the north bank of the Yangtze River in the northwest of Huangzhou District, Huanggang City, Hubei Province, which is called “Dongpo Red Cliff (also known as Wen Red Cliff)”. This place was not the actual battlefield, but it came to be regarded as the ancient battlefield of Red Cliff after the late Tang Dynasty poet Du Mu wrote a poem about it, and it seems to have become more famous than the actual battlefield due to Su Shi’s work. The original battlefield of the battle of Red Cliff is located on the south bank of the Yangtze River in the southwestern part of Gamakko City (now Red Cliff City), Hubei Province.

 

According to our staff Y’s research, the poem depicted on the tea utensil seems to be “The Poem of Akakabe”.

The poem begins with the words, “The year is October, and the month is October….

 

(Sorry for the lack of sentimentality.) On the night of the 15th day of the 10th lunar month in the 5th year of the Yuan Feng lunar calendar, Su Shi once again visited Red Cliff, this time with two guests on their way back to Linsun Pavilion from Xuedang. The story depicts a moon-viewing trip to Akakabe with two guests on their way back to Rinsho Pavilion from Xuedang. If I had been able to read the Chinese text easily, I would have been able to imagine and appreciate the scenery of this poem more, but I could only read it with annotations.

 

I will need to study for a while before I can read Chinese texts, so I would like to make it my goal for the time being to pour a cup of tea in this teacup, read “Akakabe-obi” while struggling with my limited knowledge, think about the scenery, and sip a cup of tea, lol.

 

Have a good day.

 

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二年越しの「やりたいことリスト」(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董買取致します 古美術風光舎名古屋店)

2022.09.17

みなさま、こんにちはスタッフでございます。

 

台風14号の日本縦断の予報が先日から流れておりますが、9月は本当に台風が多く天気予報とにらめっこしながらの行動に幾分疲れてまいりましたが、皆さまの地域はいかがでしょうか。私も毎度のことながら、空振りで終わってくれることを願って家の周りのチェックをしておりますが、こればかりはわかりませんので、なんとかならないかと願うばかりでございます。

 

さて先日ですが、そんな台風の心配の合間をぬって八ヶ岳へ行って参りました。

これまた個人的なお話でございますが、結論から申し上げますと、願いごとが叶ったんですよ泣。

 

この願いごと、思い返せば2年越してありました。この状況下で行動制限の一番厳しかった頃だったと思うのですが様々な規制の中、なにやら思いついたのが、「やりたいことリスト」。

 

制限が解除されたらやってみたいこと行ってみたいことをただつらつらとブログに綴ったりしておりました。人間て、思うようにならなくなると別の感覚が研ぎ澄まされるのでしょうか、その頃は妄想力や想像力がやたらと冴えていたような気がいたします。

 

そんな2年ほど前の「やりたいことリスト」の中の一つが、ジャズアーティストbohemianvoodooのLIVEでありました。いつか行きたいと日々チェックはしておりましたが、半ばあきらめて忘れかけていたというかすっかり忘れていたという方が正解か、そのボヘ(皆さん“ボヘ”と呼ぶようです)の木村イオリ(Pf)と森田晃平(Ba)によるデュオが、八ヶ岳高原音楽堂に来るという情報を何故か得ました。いつか訪れてみたかった八ヶ岳高原音楽堂でのLIVEとのことで、「行く」と早速チケットを入手。

 

 

 

 

幸い先日は台風の合間でしてお天気は安定しておりまして、名古屋から4時間車を走らせました。

会場になっております八ヶ岳高原音楽堂は、八ヶ岳の森の中にある木製のホールでして、ステージのバックはガラス窓越しに八ヶ岳の穏やかな緑と空とそして風であります。

 

こちらの音楽堂は、音響が大変素晴らしいと、そしてなによりもこの八ヶ岳の風景と共に音楽を聴けるという贅沢な環境ということで、世界的に有名な音楽家も多々訪れているようです。いつか訪れてみたいホールであったのですが、こんな形でこちらも願いが叶うとは。このような素敵なホールで音楽を聴くことも初めてですので、期待も高まります。

 

 

 

 

今回は、ピアノとコントラバスの2つの楽器のみのLIVEでありまたが、二人の研ぎ澄まされたセッションが始まると、八ヶ岳の風景と共に空間は一気にピアノとコントラバスの対話に包まれ、感動ですよ。

このような贅沢な音と風景の融合の空間にいるこの感触を記憶にしっかりとどめようようと、今思い返すと何やら集中していたような気がいたしまして、もっとリラックスして楽しめばよかったなと、ちょっと思ったりも致しましたが、まあよい。

 

森田氏も「このようなところで音楽を聴ける皆さんは、音楽への意識高いです笑。」と、冗談交じりでいっておりましたが、はるばる高原まで遠出をして聴きにきた私も意識高いのか笑。そんなふうに会話を交えながらLIVEは、あっという間でありました。

 

 

 

 

初めて訪れた八ヶ岳高原音楽堂でのLIVE、客席からの風景は空と木々そして揺れる風を背景に、ピアノとコントラバスの二人の姿とその音がとても美しい絵画のように見え、2年越しの願いということも相まって、本当に来てよかったと心から思えました。そして私には忘れられない風景となりました。

 

ここ数年の時間の流れ方に、皆さまも様々な思いもおありだったでしょうが、随分忘れたころに「あれっ?そういえば…」という形で叶っていることもあるようですので、一旦忘れて待つのもありなのでしょうか。まだかなと思われる願いごとをお待ちの皆様も、一旦忘れて今しばらくお待ちください。時が連れてきてくれることもあるようです。

 

 

それでは、本日もごきげんよう。

 

 

 

Hello everyone, this is Staff.

 

The forecast of Typhoon No. 14 crossing Japan has been circulating since the other day, and there are so many typhoons in September that we have to keep a close eye on the weather forecast. How is it in your area? I am also checking around my house hoping that the typhoon will end in nothing, but you never know, so please be careful.

 

The other day, I took a break from worrying about the typhoon to go to Yatsugatake.

This is a personal story, but as it turns out, my wish came true.

This wish had been granted over the past two years. I think it was the time when the restrictions on my activities were the most severe under the circumstances, but among the various restrictions, I came up with the idea of a “wish list.

 

I just kept listing things I wanted to do and places I wanted to visit once the restrictions were lifted, but I think people sharpen their other senses when things don’t go the way they want.

 

One of the things on my “to-do list” about two years ago was a live performance by jazz artist “bohemianvoodoo. I had been checking the website daily hoping to go someday, but I had almost given up and forgotten about it, or perhaps it would be more correct to say that I had completely forgotten about it. Somehow I got information that the duo of Iori Kimura (Pf) and Kohei Morita (Ba) of Bohe (as everyone seems to call them) would be coming to Yatsugatake Kogen Ongakudo. I had always wanted to visit Yatsugatake Kogen Ongakudo, so I said, “I’ll be there,” and got a ticket right away.

 

Fortunately, the weather was stable between typhoons, and I drove 4 hours from Nagoya.

The venue, Yatsugatake Kogen Ongakudo, is a wooden hall in the Yatsugatake forest. The stage is backed by the calm green of the Yatsugatake Mountains, the sky, and the wind through the glass windows. The hall’s acoustics are excellent, and above all, it is a luxurious place to listen to music with the scenery of the Yatsugatake Mountains, and many world-famous musicians have visited. I had hoped to visit this hall someday, but I never thought that my wish would come true in this way. It was my first time to listen to music in such a beautiful hall, so my expectations were high.

 

This time, only two instruments, piano and contrabass, were playing live, and when their well-honed session started, the space was at once enveloped in a dialogue between the piano and the contrabass, along with the scenery of Yatsugatake, which was very moving.

Looking back on it now, I feel that I was concentrating too much on trying to remember the feeling of being in such a luxurious space where sound and scenery were fused together, and I wish I had relaxed a bit more to enjoy it, but that’s OK.

 

Mr. Morita jokingly said, “People who can listen to music in a place like this are very conscious about music. I guess I am too, since I traveled all the way to the highlands to listen to the music,” he jokingly said. The live performance went by in a flash as we talked like that.

 

The view from the audience looked like a beautiful painting with the sky, trees, and swaying wind in the background, and the sounds of the piano and double bass players.

 

I am sure you must have had various feelings about the way time has passed over the past few years, but I am sure that when you have long forgotten about it, you will say to yourself, “Oh, what a surprise! I wonder if it is possible to wait and forget about it for a while. For those of you who are still waiting for your wishes to come true, please forget about them and wait for a while. It seems that time will bring them to you.

 

So, have a good day.

 

 

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ご実家の整理やお片付けなどをされている方のご相談などが多くございます。朝晩少し涼しい季節となってまりましたが、でくれぐれもご無理のないようになさってくださいませ。風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

また風光舎は、出張買取も強化しております。ご近所はもちろん、愛知県内、岐阜県、三重県その他の県へも出張いたします。

まずは、お電話お待ちしております。

愛知県名古屋市千種区・骨董 買取

『古美術 風光舎 名古屋店』

TEL052(734)8444

10:00-17:00 OPEN

 

桔梗色とは(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董買取致します 古美術風光舎名古屋店)

2022.09.16

 

みなさまこんにちは、スタッフYでございます。

 

このところ少しばかり朝晩がようやっと涼しくなりましたね。昨夜はやっとクーラーをつけないで寝ることができました。たいへん体が楽でしたので暑さや暑さによるクーラーが体にはしんどいのだなと、今朝しみじみと感じておりした。

ようやっと秋に向かっていると言葉に発してよい時期になったと思ったわけですが、店舗に桔梗が登場致しましたので、鑑賞してみましょうか。

 

桔梗色にしばしみとれておりましたが、「桔梗色」とは、濃い青紫色のこと。「青みがかった紫色」「紫がかった青色」「うすい藍色」などともいえましょうか。どことなく、懐かしい青色ですが、くすみも淀みもない青にはっともさせられます。

 

由来は、秋の七草の一つで7月~9月に開花する、桔梗(ききょう)の花の色でして、それもそのはず平安時代から続く伝統色。秋に着る服の色として親しまれていたようですのですね。

 

涼しくなった今日この頃、どことなく懐かしい青紫色が秋へほっと一息ついた今朝でありました。

 

それでは、ごきげんよう。

 

 

 

Hello everyone, this is Staff Y.

 

The mornings and evenings have finally cooled down a bit recently. Last night I was finally able to sleep without turning on the air conditioner. This morning I am deeply feeling that the heat and the air conditioner are hard on my body.

I thought it was finally time to say that we are moving toward autumn, and now that Kikyo (Chinese bellflowers) have appeared in the store, let’s admire them.

 

I was admiring the color of Kikyo (Chinese bellflower), which is a deep bluish purple. It could also be called “bluish purple,” “purplish blue,” or “light indigo. It is a nostalgic blue color, but it is a blue that is neither dull nor stagnant.

The origin of this color is the color of the bellflower, one of the seven autumn flowers that bloom from July to September. It has been a traditional color since the Heian period (794-1185), and was popular as the color of clothing worn in the fall.

 

As the weather turns cooler this morning, the nostalgic blue-purple color is a reminder of the coming of autumn.

 

 

 

 

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「没後50年 伊東深水」所蔵品展へ行って参りました(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董買取 古美術風光舎)

2022.09.15

みなさまこんにちは、スタッフYでございます。

 

このところ日本画(ことに江戸末期、明治、大正、昭和初期の作品)が私の中でちょっとしたブームでして、気が付くと日本画の作家の作品をよく巡っているのに気が付きました。

 

少し前に訪れた「鏑木清方展」の影響でしょうか。ひとたびこの目で鑑賞できたことをきっかけにすっかりその世界が気になっております。何がどこが魅力的なのか?ここで素人の私の話などとても野暮ですので語りはしませんが、あの繊細さでありながらも構図や色使いはどことなく大胆であり、どの作品も時間をかけてのぞき込んで鑑賞してしまうほど。大胆さと繊細さとそれを引き立てる色使いの共演がいつまでも観ていられるのです。

 

そんな流れで今回訪れてみたかった

「没後50年 伊東深水」回顧展。

伊藤深水は鏑木清方のお弟子さんでありますから、これは絶対行かねばと意気込んでおりました。

今回訪れらのは名古屋市のご近所長久手市にございます名都美術館。開期もひと月足らずですので、慌てての訪問であります。

 

 

  「初雪」昭和20年(1945)頃

 

 

今回は幻の名品「湯の香」の初公開ということでして、楽しみです。

 

「湯の香」は、昭和2年(1927)に開催された郷土会第12回展出品作でして、5人の女性が湯浴みする様を大画面に配した意欲作であります。実際の大きさは屏風3~4枚くらいだったような気がいたしますので思っていたよりも大作でありました。描かれている女性たちの動きやお着物それぞれが様々。30歳を目前とする深水の特徴が顕著に表れた代表作のようで、長らく所在不明でしたが近頃発見されこちらの美術館に収まったようでして、そんな作品の経緯も個人的に気になります。

 

大作であるのですが、繊細な自然描写を背景とし湯けむり越しに表現された色香漂う女性たちが、優品「湯気」を彷彿させる柔らかな描写でして、しばらくのぞき込んだりしての鑑賞でありましたが、その描く線や湯気の表現などはとにかく繊細。

 

また、彼の作品は色使いや構図にも大変引き付けられます。「初雪」や「鏡獅子」「虫の音」など、その大胆な構図をさらに引き立てる色使いや配色そしてお着物の柄や布の流れなどはすっきりと描かれているのですが、よくみると気の遠くなるようなお着物の柄は細かな気の遠くなるような柄でいてたいへん繊細であります。こと色使いはなんとも言えない色をえらんでいるところが私的には天才だなと思っておりますが。(あくまでも個人的感想であります。)

 

そんな彼の天才の片鱗を垣間見る作品「恵比寿大黒」も初出展されており、こちらは幼少の頃(13歳と記しておりました)の作品とのことでしたが、もはや普通の子供が描く画ではありませんでした。そんなところからも彼の天才っぷりがうかがえしれますよ。

 

郊外の小さいけれど素敵な美術館でありましたが、《湯気》《麗日》など各時代を彩る優品、大下絵や素描なども展示し、深水の多彩な魅力が満載でありました。お時間があまりございませんので(9月25日まです)、ご興味のある方はお急ぎくださいませ。

 

それでは、ごきげんよう。

 

 

 

 

 

Hello everyone, this is Staff Y.

 

Recently, Japanese-style paintings (especially those from the late Edo, Meiji, Taisho, and early Showa periods) have been in a bit of a boom in my mind, and I have noticed that I often visit works by Japanese-style painters.

 

Perhaps it was the influence of the “Kiyokata Kaburaki Exhibition” that I visited a while ago. Once I was able to see his work with my own eyes, I became completely fascinated with his world. What is so fascinating about it? I will not talk about it here, as it is too much for an amateur, but I will say that the composition and use of color are somehow bold despite the delicacy of the work, and the boldness and delicacy of the work, together with the use of color to complement them, are so compelling that one can spend hours looking at each piece.

 

This is why I wanted to visit the “50th Anniversary of Ito Shinsui’s Death” retrospective exhibition.

Ito was a disciple of Kaburaki Kiyokata, so I was determined to visit the exhibition.

This time we visited the Meito Art Museum in Nagakute, a neighborhood of Nagoya City. The opening of the museum is in less than a month, so we were in a hurry to visit.

 

I was looking forward to seeing the first public viewing of the mysterious masterpiece “Yunokoh”.

 

This ambitious work was exhibited at the 12th exhibition of the Goudokai in 1927, and depicts five women bathing in a large painting. The actual size of the painting was about three to four folding screens, so it was a larger work than I had expected. It seems to be a representative work that clearly shows the characteristics of Shinsui, who was about to turn 30 years old, and its whereabouts were unknown for a long time, but it was recently discovered and housed in a museum here.

 

It is a large work, but the women with a hint of color and fragrance expressed against the background of delicate depictions of nature and through the steam are softly depicted, reminiscent of the excellent “hot water”.

 

The lines and the steam in his paintings are very delicate. The coloring and composition of his works are also very appealing. The use of colors and color schemes that enhance the bold compositions of “Hatsuyuki (First Snowfall),” “Kagami-jishi (Mirror Lion),” “Insect Sound,” and others, as well as the patterns of kimono and the flow of cloth, are clearly drawn, but if you look closely, you can see the fanciful patterns of kimono, which are very detailed and delicate. The use of colors, in particular, is genius in the choice of indescribable colors. (This is just my personal opinion.)

 

This work was created when he was a child (he wrote that he was 13 years old), but it was no longer the kind of picture that an ordinary child would draw. It is no longer the work of an ordinary child, but rather a work of genius.

 

The museum, which is small but beautiful in the suburbs, was full of Fukasui’s various charms, exhibiting excellent works from various periods, such as “Yumei” and “Rihi,” as well as large sketches and sketches.

We do not have much time left, so please hurry if you are interested in seeing the exhibition.

 

Good bye, and have a nice day.

 

 

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#長久手市#名都美術館#骨董#買取#古書買取#伊東深水

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