お知らせ - 風光舎 | 愛知・名古屋での骨董古美術買取 三重 岐阜 - Page 48

お知らせ

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FROMKYOTOOSAKA

心穏やかに過ごしたいものです・・・(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董品買取 古美術風光舎)

2024.04.12

皆さまこんにちは、スタッフTでございます。

今日はポカポカ陽気も飛び越えて、暑いくらいですね。まだ桜が楽しめる時期なのに、もう「夏日」の声が聞こえてきました。こうなってくると、毎年のことながら今年の夏が恐ろしく思えてきます。

 

 

桜もいよいよ終わりに近づき、ひらひらと舞う可愛らしい桜の花びらとともに新学期が始まりました。

気分も新たに穏やかな気持ちで、笑顔で過ごしたいと日々思っているのですが、どうもこの時期はバタバタと慌ただしく、気持ちに余裕がないなと感じています。

 

こうしてくれたら、こう言ってくれたら…。誰かの行動や言動に振り回され、嫌な気持ちにされなければ、日々のイライラもだいぶ減るのですが。

日々のイライラは自分の思い通りにいかないから。私の思い通りは他人の思い通りでないことは分かっていても、勝手に期待して勝手にイライラ。

相手のせいにしがちなイライラは、たぶん全部余裕のない自分のせいなんですよね…。

そんな時は、丁寧にお茶でも入れて、ゆっくりして心を落ち着かせたいものです。

 

みなさんはどんな時にイライラしますか?

私は、今日は靴の中で靴下が脱げてしまいちょっぴりイライラしました。でも、買ったおにぎりに海苔が2枚入っていたので、それで良しとしました。

 

ではでは、また。

 

Hello everyone, this is Staff T.

It’s so hot today that it has eclipsed the poka-poka weather. It is still time to enjoy the cherry blossoms, but we are already hearing calls of “summer days. This is what makes me dread this summer, as I do every year.

 

The cherry blossoms are finally coming to an end, and the new semester has begun with the fluttering petals of lovely cherry blossoms.

Every day I want to spend my time with a smile and a renewed sense of calmness, but this time of year is so busy and hectic that I feel I don’t have much time to spare.

 

I wish someone would do this or say this…. If I didn’t feel so bad about being pushed around by someone’s actions or words, my daily frustration would be much less.

My daily frustration is because things don’t go my way. I know that what I want is not what others want, but I expect it to be and get frustrated on my own.

The frustration that I tend to blame on the other person is probably all my own fault for not having enough time….

I wish I could make a polite cup of tea, slow down and calm down.

 

 

When do you get irritated?

I am a little irritated because my socks are coming off in my shoes. However, the rice ball I bought today had two sheets of nori in it, so that’s good enough for me.

 

 

See you later.

 

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ご実家の整理やお片付けなどをされている方のご相談などが多くございます。

お片付けなどくれぐれもご無理のないようになさってくださいませ。

風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

また風光舎は、出張買取も強化しております。ご近所はもちろん、愛知県内、岐阜県、三重県その他の県へも出張いたします。

まずは、お電話お待ちしております。

 

 

愛知県名古屋市千種区姫池通

骨董 買取【古美術 風光舎 名古屋店】

TEL052(734)8444

10:00-18:00 OPEN

【茶道具買取】名古屋市北区のお客様より買取致しました。(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董品買取 古美術風光舎)

2024.04.12

 

 

 

名古屋市北区のお客様より、煎茶碗、茶道具、ガラスコップなど多数買取いたしました。

再々度のご依頼でございました。長年大切にされておりました御品をお譲りくださり、誠にありがとうございました。

 

只今、古美術風光舎では、古書の買取も強化しております。

なお、毎月18日の持込鑑定会では無料鑑定・買取・ご相談など、ご予約なしで承っております。

ご近所の皆さま、ご遠方のみなさまも、お気軽にお越しくださいませ。

 

 

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ご実家の整理やお片付けなどをされている方のご相談などが多くございます。

お片付けなどくれぐれもご無理のないようになさってくださいませ。

風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

また風光舎は、出張買取も強化しております。ご近所はもちろん、愛知県内、岐阜県、三重県その他の県へも出張いたします。

まずは、お電話お待ちしております。

 

 

愛知県名古屋市千種区姫池通

骨董 買取【古美術 風光舎 名古屋店】

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【花台買取】昭和区のお客様より買取致しました。(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董品買取 古美術風光舎)

2024.04.11

 

 

名古屋市昭和区のお客様より、花台、置物など多数買取いたしました。

長年大切にされておりました御品をお譲りくださり、誠にありがとうございました。

 

只今、古美術風光舎では、古書の買取も強化しております。

なお、毎月18日の持込鑑定会では無料鑑定・買取・ご相談など、ご予約なしで承っております。

ご近所の皆さま、ご遠方のみなさまも、お気軽にお越しくださいませ。

 

 

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ご実家の整理やお片付けなどをされている方のご相談などが多くございます。

お片付けなどくれぐれもご無理のないようになさってくださいませ。

風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

また風光舎は、出張買取も強化しております。ご近所はもちろん、愛知県内、岐阜県、三重県その他の県へも出張いたします。

まずは、お電話お待ちしております。

 

 

愛知県名古屋市千種区姫池通

骨董 買取【古美術 風光舎 名古屋店】

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桜、また来年。(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董品買取 古美術風光舎)

2024.04.11

皆さまこんにちは、スタッフYでございます。

 

 

 

 

先日からの悪天候だったり強風だったりと、ここ名古屋、今年はなかなか落ち着いてお花見ができる時間が少なかったような気がいたしますが、皆さまの地域はいかがでしょうか。

 

まだぎりぎり大丈夫かな…と、先ほどご近所の山崎川の川沿いの桜を覗いてきましたが、爽やかな風に吹かれ桜吹雪が舞っておりました。満開もいいとは思うのですが、散りゆく花びらに華やかさや奥ゆかしさや儚さがどんな人にも溢れてくる気がいたします。

 

ここ名古屋での桜はそろそろ終わりですが、終わりを告げた頃には各所に新緑や花々が目を覚ましてきました。次なる植物の彩の移り変わりが、今度は楽しみな季節になってきましたので、それを楽しみにしたいですね。

 

 

 

 

それでは、ごきげんよう。

 

Hello everyone, this is Staff Y.

 

With the bad weather and strong winds we have had since the other day, it seems like we have not had much time to enjoy viewing cherry blossoms calmly here in Nagoya this year. I just peeked at the cherry blossoms along the Yamazaki River in my neighborhood to see if they were still in full bloom, but the refreshing breeze was blowing a blizzard of cherry blossoms. I think it is nice to see the cherry blossoms in full bloom, but I feel that the petals that are falling bring out the glamour, the profundity, and the fragility of the cherry blossoms.

 

Here in Nagoya, the cherry blossoms are almost over, but as they are coming to an end, fresh greenery and flowers are waking up in various places. It is now the season to look forward to the next change in the colors of plants.

 

 

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ご実家の整理やお片付けなどをされている方のご相談などが多くございます。

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風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

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愛知県名古屋市千種区姫池通

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使い勝手を優先したデザイン(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董品買取 古美術風光舎)

2024.04.10

みなさまこんにちは。スッタフHでございます。

先日の強風や雨もあり、街を華やかに彩ってくれていた桜も散り始め少し寂しい気もいたします。

このはかなさゆえ毎年の開花を心待ちにしてしまうのかもしれません。

 

さて先日のブログで煎茶道について綴りましたが、風光舎にも新しく朱泥色の常滑焼の急須が入りました。

三代常山造の急須で、側面には小野小町や在原業平などの歌が刻まれております。小ぶりのサイズで、持ってみるととても軽く、注ぎ口がすっと細く伸びていて、私でも絶対に美味しくお茶を淹れられるはずと思わせてくれる急須です。

 

 

 

 

急須はあまりにも日常生活に馴染み過ぎて、しみじみと眺めたことはありませんが、この均整のとれた常滑焼を眺めておりますと不思議な感覚になります。実はこの持ち手が横についている茶器は世界的にも珍しいのだそうです。確かに中国の茶壺も、イギリスのティーポットも持ち手が後ろに付いていますね。

 

急須の起源は諸説あるようですが、江戸時代に中国から伝わってきたとされています。中国の福建省辺りで使用されていた酒や水を温める道具に「急焼(キップシュ)」や同じく酒を温める道具に「急須(キフス)」というものもあり、持ち手が横に付いていました。中国の急須は「急な用に応じて須(もち)いる」という意味を持ち、「三国時代の呉の国の人が酒を温めるために用いた」という文献が残っています。

日本では急焼(きゅうしょう)や急尾焼(きゅうびしょう)などと呼ばれ、最終的に急須(きゅうす)という現代の呼び方になったとのことです。現在でも関東地域や、富山県、石川県、静岡県、三重県、宮崎県など日本全国で急須のことを「きびしょ」と呼んでいる地域があるのだとか。その後庶民の間で「湯沸かし器」から茶を入れる道具に転用されていったそうです。

 

先日綴った煎茶道を世に広めたとされる売茶翁(ばいさおう)が使った急須はすべて中国産のものでしたが。しかしそれらはとても高価で庶民には手が出なかっため国内でも急須の製造が始まります。日本で初めて急須を作ったとされる清水六兵衛(きよみずろくべえ)は売茶翁の依頼により中国製の物をモデルにした急須を作り、以後日本の急須は独自の発展を遂げていきました。現在中国の茶道で使われている茶壺(ちゃふう)は持ち手が後ろについていますが、当時の日本人はそのまま模倣するのではなく、注ぎやすさを考え、酒器や湯沸かしとして使っていた「急焼」などのように持ち手を横につけることを選びました。また茶こしを内蔵するなど日本人の臨機応変さが際立ちます。

 

 

 

普段何気なく使っている急須ですが先人たちの試行錯誤の末、使い勝手のよい感性されたデザインとして今日まで受け継がれているのですね。

 

話は変わりますが、先日ふと川沿いを覗き込むと、2匹で仲良くお花見をしている猫たちに遭遇しました。遠くから撮ったので鮮明には写っていませんが、「桜、綺麗だねぇ」と会話しているように見えませんか?とても微笑ましい光景でした。

 

 

 

 

それでは、また次の機会に。

 

Hello everyone. This is Staff H.
With the strong winds and rain we had the other day, the cherry blossoms that had decorated the town so beautifully are beginning to fall.
Perhaps it is this transience that makes us look forward to the blooming of the cherry blossoms every year.
As I wrote about the tea ceremony in my blog the other day, we now have a new Tokoname-yaki kyusu (teapot) in reddish brown color at Fuhkosha.
It is made by Tsuneyama III, and the side of the teapot is engraved with poems by Ono no Komachi and Ariwara no Narihira. The kyusu is small in size, very light when you hold it, and has a thin spout that makes you think that even I should be able to brew a nice cup of tea.
I have never looked at a kyusu so intently because it is so familiar to my daily life, but this well-proportioned Tokoname ware gives me a strange sensation. In fact, tea utensils with handles attached to the side are said to be rare in the world. It is true that Chinese tea pots and English teapots have their handles on the back.
There are various theories about the origin of the kyusu, but it is believed to have come from China during the Edo period (1603-1868). There was also a kipshu, a tool used around Fujian Province in China for heating sake and water, and a kyusu, also used for heating sake, both of which had handles attached to the side. In China, kyusu means “to use for urgent purposes,” and there is a document that says “people in the Kingdom of Wu during the Three Kingdoms period used kyusu to warm sake.
In Japan, it was called kyusu-shou or kyubi-shou, and eventually came to be known as kyusu in modern times. Even today, kyusu is still called “kibisho” in the Kanto region and in Toyama, Ishikawa, Shizuoka, Mie, and Miyazaki prefectures throughout Japan. Later, it was converted from a “kettle” to a tool for making tea among the common people.
The kyusu used by Baisao, who is said to have popularized the sencha ceremony, were all made in China, as I wrote about the other day. However, they were very expensive and inaccessible to the common people, so domestic production of kyusu began. Kiyomizu Rokubei, who is said to have been the first to make kyusu in Japan, made a kyusu modeled after a Chinese one at the request of Sacha-o. Since then, kyusu in Japan has developed in a unique way. The tea pot used in the Chinese tea ceremony today has a handle on the back, but the Japanese of the time chose to put the handle on the side for ease of pouring, as in the case of kyushou, which was used as a drinking vessel and for boiling water, rather than imitating the original. The built-in tea strainer also highlights the resourcefulness of the Japanese.
We use kyusu without thinking about it, but after the trial and error of our predecessors, it has been handed down to the present day as a user-friendly and sensible design.

As the story goes, the other day I peeked along the riverside and came across two cats enjoying the cherry blossoms together. The picture was taken from a distance, so it is not clear, but doesn’t it look like they were talking to each other and saying, “Cherry blossoms are so beautiful, aren’t they? It was a very funny scene.

See you next time.

 

 

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ご実家の整理やお片付けなどをされている方のご相談などが多くございます。

お片付けなどくれぐれもご無理のないようになさってくださいませ。

風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

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愛知県名古屋市千種区姫池通

骨董 買取【古美術 風光舎 名古屋店】

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新入学おめでとうございます🌸(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董品買取 古美術風光舎)

2024.04.09

みなさまこんにちは、スタッフTでございます。

先日開催しました『器と骨董展』へお越しくださいまして、誠にありがとうございました。このようなイベントを通して、たくさんのお客様と交流できたらいいなと思っております。

 

 

さてこちら名古屋、桜の花もそろそろ終わりになってまいりました。

花びらに隠れて準備を始めていた新緑が次の出番を待っていたかのように顔を出しはじめ、気が付くと至る所に新緑が木々を覆いはじめております。

この季節の変わり目の移ろいが大好きです。ことに春の移ろいは、様々な命の息吹を実感でき、何か新しいことをはじめたくなり、そわそわしてなんだか落ち着きがなくなります(笑)。

 

新しいことと言えば、新入学の時期ですね。昨日はカラフルなランドセルを背負った、あどけない小学一年生と親御さんたちに遭遇しました。名古屋は昨日今日で公立小中学校の入学式のようです。まだぶかぶかの制服に身を包んで、やや緊張気味に歩いていく姿は微笑ましく、近所のおばちゃんは心の中で頑張れ!とエールを送っておきました。

 

カラフルなランドセルを見ると、今と昔とでずいぶん変わったものだなと思います。昔は、女の子は赤色、男の子は黒色というのが定番で、それ以外の色のランドセルはとても珍しかったものです。

今はカラーバリエーションもデザインも豊富ですね。近頃の小学生は、テレビや雑誌、インターネットなどの影響なのか、おしゃれにとても敏感なのでしょう。バイカラーやサイドやフタ部分に羽や音符、お花といったモチーフが刺繍されているデザイン性に凝ったものを多数お見かけしました。

 

ランドセルの歴史は、江戸時代にまでさかのぼります。その始まりは、幕末に輸入され、軍隊で活用されるようになった布製の背のうとされているからです。
国によって様々な通学かばんがありますが、箱型で背負式の「ランドセル」は日本独自のもので、その起源は、明治20年までさかのぼります。

 

ランドセルの発祥とされているのは、明治10年10月に開校した学習院です。当初から制服が採用されていたため、服装については統一されていた学習院ですが、通学形態については、馬車で通ったり、使用人に荷物を預けたりと様々でした。

しかし、その状況について学習院は、「学校では皆平等、家庭環境を教育の場に持ち込むのはいけない」との理念のもと、「学用品は自分の手でもってくる」べきだとし、8年後の明治18年、子どもたちは、馬車や人力車で通学することや使用人に荷物を預けることを禁止されました。

その際に採用されたのが、背中に添えて両手をあけることができ、持ち運びの利便性が良かった、軍隊用の背のうです。この背のうがオランダ語で”ランセル”と呼ばれていたことから、”ランドセル”という言葉が生まれたのです。

 

新入生を見るといつも思うのが、カバンがとても重そうなこと。私が中学生の頃、教科書って全部持ち帰って来てたっけ?と記憶は定かではありませんが、今の中学生は約10キロ以上の荷物を持って通学しているのだそうです。カバンはウーバーイーツ?と見間違うくらいの大きさです。

今は教科書+PCもあります。さらにお弁当と水筒、部活の用意。以前、一度背負わせてもらったのですが、重すぎて首、肩、背中にものすごい負荷が・・・これを毎日とは、もはや修行です。押さえられすぎて、背が伸びなくなるんじゃ?と思うほどなのです。もちろん片手では持ち上げられませんでした。

 

色々な問題があるかと思いますが、少しでも楽しい気持ちで毎日通学してほしいと思うのが親心。少しくらい荷物は減らして、心を軽くして笑顔で学校生活を送ってほしいですね。逆に私は、もう少し重い荷物を持ち上げられるくらい鍛えなくては・・・

 

ではでは、また。

Hello everyone, this is Staff T.

Here in Nagoya, the cherry blossoms are almost at the end of their blooming season.

The fresh greenery, which had been hiding behind the petals and getting ready to appear, has started to show its face as if it was waiting for its next appearance.

I love this seasonal transition. Especially in spring, I can feel the breath of life, and I feel like starting something new, which makes me nervous and somewhat restless (laugh).

 

Speaking of new things, it is the time of the new school year. Yesterday, I saw some innocent first graders with colorful school bags on their backs and their parents. In Nagoya, it seems that the entrance ceremony for public elementary and junior high schools was held yesterday and today. The sight of these students, still in their overstuffed school uniforms, walking around somewhat nervously made me smile, and in my heart I encouraged them to do their best! I gave them a cheer in my heart.

 

The colorful school bags reminded me of how much things have changed in the past. In the old days, red was the standard color for girls and black for boys, and school bags in other colors were very rare.

Nowadays, there are many color variations and designs. I think that these days elementary school students are very sensitive to fashion, perhaps due to the influence of TV, magazines, and the Internet. We have seen many bi-colored school bags with elaborate designs with embroidered motifs such as feathers, musical notes, and flowers on the sides and lids.

The history of school bags dates back to the Edo period. The history of school bags dates back to the Edo period (1603-1868), as they were imported at the end of the Edo period (1603-1868) and were used by the military.
While there are various types of school bags in different countries, the box-shaped, backpack-style “randoseru” is unique to Japan, and its origins date back to the 20th year of Meiji Era (1887).

 

The origin of the randoseru is believed to be the Gakushuin School, which opened in October 1877. From the beginning, uniforms were adopted at Gakushuin, so there was uniformity in clothing, but the form of commuting to school varied, from riding to school in a horse-drawn carriage to leaving luggage in the care of servants.

However, in response to this situation, the Gakushuin decided that children should “bring their own school supplies” based on the principle that “everyone is equal at school and the family environment should not be brought into the educational process.” Eight years later, in 1885, children were prohibited from riding to school in a carriage or rickshaw, or leaving their luggage with servants.

The military backpack was adopted for this purpose, as it was convenient to carry because it was attached to the back and both hands were free. The term “randoseru” (school backpack) was coined from the Dutch word for this backpack, “lansel.

 

When I see new students, I always think of how heavy their bags look. When I was a junior high school student, did I bring all my textbooks home with me? I am not sure, but I heard that today’s junior high school students carry more than 10 kilograms of luggage to school. My bag is so big that it could be mistaken for an Uber Eats? It is so big that it could be mistaken for an Uber Eats.

Now they also have textbooks plus a PC. Plus lunch, water bottle, and club activities. I was allowed to carry it on my back once before, but it was so heavy that it put a tremendous load on my neck, shoulders, and back…it is now a training exercise to do this every day. It was so heavy that I thought I might not be able to grow taller because of the pressure. It was so heavy that I thought I might not be able to grow taller. Of course, I could not lift it with one hand.

I know there are a lot of problems, but it is a parent’s heart that wants their child to go to school every day with as much joy as possible. I would like them to carry a little less baggage, lighten their hearts, and live their school life with a smile on their faces. On the other hand, I need to train myself to be able to lift a little more heavy baggage…

See you later.

 

Translated with DeepL.com (free version)

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平安の時代にも詠まれた八重桜(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董品買取 古美術風光舎)

2024.04.07

皆さまこんにちは。スタッフHでございます。

本日は麗らかな春の陽気に包まれ、ここ覚王山もお祭りを楽しむ人々で賑わっております。

さて心待ちにしていた桜も見頃を迎えておりますが、名古屋は週明けから雨模様になるようで、1日でも長く花見を楽しみたい私としては少し気がかりです。

 

 

 

 

咲きはじめの桜は枝にしっかり付いているので少々の雨では散りません。桜の花びらを覗き込んで、中心部が白っぽく緑色に見えていたら、まだ花が枝にしっかりと付いており、中心部が赤くなってきたら、そろそろ散る時期だということです。また花弁の色も変化していくようで、開花直後は白っぽく、時間と共にアントシアニンと呼ばれる色素が増えピンク色が濃くなってくるとか。帰りにじっくり眺めてみようと思います。

 

さて先日から店内を華やかに彩ってくれている八重桜。いくら眺めても見飽きることはありません。桜は実はバラ科に属するようで、八重桜を眺めていますと「そうそうバラ科ですからね」と妙に納得してしまうほどの華やかさがあります。花と同時に新葉をつけるため、新緑とピンク色の花のコントラストを楽しむこともできます。

 

 

 

 

「八重桜」は万葉集などで詠まれている日本の代表的な桜「ヤマザクラ」が変化したもので、6枚以上の花弁を持つ桜の総称です。八重桜の花弁はだいたい10枚くらいから多いものでは100枚以上にもなり、一輪の花に300枚近く花びらをつける「兼六園菊桜」という桜もあるそうです。

八重桜の名所として北海道の松前が挙げられます。江戸時代に松前藩が参勤交代の途中で江戸から多くの桜の株を持ち帰り、それらを品種改良した結果、桜の名所として知られるようになりました。その桜の大半が八重桜で、日本で有名な八重桜の多くの品種が松前で生まれたとのことです。北海道とは意外でした。

 

桜の代名詞ともいえる「ソメイヨシノ」は実は江戸末期から明治にかけて品種改良されたもので意外にも歴史は浅いのですが、八重桜は古くから親しまれておりました。平安時代の女流歌人である伊勢大輔(いせのたいふ)も「いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな」という一首を詠んでいます。

作者の伊勢大輔は奈良から宮中に届けられた八重桜の献上品を宮中で受け取る役に抜擢されました。その際、藤原道長から即興で歌を詠むようにと言われ、即座に返したのがこの歌だとされています。「かつての奈良の栄華をしのばせる豪勢な八重桜だけど、今の帝の御世はさらにいっそう美しく咲き誇っているようだよ」と花に託して今の宮中の繁栄ぶりをほめたたえる歌です。伊勢大輔はこの時、紫式部からこの役を譲られたばかりで、宮中ではまだ新参者だったとのこと。紫式部の後釜の実力を図る意味もあり道長は歌を詠むよう促したのかもしれません。とっさのことで伊勢大輔も焦ったでしょうが、後世に残る見事な歌を詠んで見せました。

大河ドラマでの権力を巡る複雑な人間模様を見ておりますと、伊勢大輔、よくやってのけたと拍手を送りたい気持ちになります。

 

先日、見頃を迎えた名古屋の山崎川の桜を見に行きました。たっぷりと桜を堪能いたしましたが、心なしか以前よりも枝が短く剪定され、木の数も減った気がいたしました。

実はソメイヨシノは寿命が短くおよそ60年といわれ、全国のソメイヨシノは戦前に植えられたものが多く、現在多くのソメイヨシノの桜の木が寿命を迎えているそうです。そのため各所でソメイヨシノの植え替えが急務となっています。

当たり前のように楽しませてもらうことに感謝し、この先も末永く桜と共に暮らしていけることを願わずにはいられません。

 

 

それでは、また次の機会に。

 

Hello everyone. This is Staff H.
Today is a beautiful spring day, and Kakuozan is bustling with people enjoying the festivals.
The cherry blossoms, which I have been looking forward to seeing, are now at their best, but it looks like it is going to rain in Nagoya from the beginning of the week, which is worrisome for me as I want to enjoy cherry blossom viewing for as long as possible.
Cherry blossoms at the beginning of blooming are firmly attached to the branches, so a little rain will not cause them to fall. If you look into the petals of a cherry tree and see that the center of the petal is whitish green, the flower is still firmly attached to the branch, and if the center turns red, it means that it is time to fall. The color of the petals also seems to change, from whitish immediately after blooming to pinkish with the increase of anthocyanin pigments over time. I will take a closer look at them on my way home.

The double-flowered cherry blossoms that have been decorating the store since the other day. No matter how many times I look at them, I never get tired of seeing them. Cherry blossoms actually belong to the rose family, and when I look at the double-flowered cherry trees, I am strangely convinced that they belong to the rose family. The blossoms are accompanied by new leaves, so you can enjoy the contrast between the fresh greenery and the pink blossoms.
Yaezakura” is a general term for cherry blossoms with six or more petals, and is a variation of “yamazakura,” a typical Japanese cherry tree mentioned in the Manyoshu anthology. The number of petals of the yaezakura varies from about 10 to more than 100, and there is even a cherry called “Kenrokuen chrysanthemum cherry,” which has nearly 300 petals on a single flower.
Matsumae in Hokkaido is one of the most famous places for double-flowered cherry trees. During the Edo period (1603-1867), the Matsumae clan brought back many cherry tree strains from Edo (present-day Tokyo) on their way to the Edo period (1603-1868), and as a result of breeding these strains, the area became known as a famous cherry blossom viewing spot. The majority of these cherry trees were yaezakura (double-flowered cherry trees), and many varieties of the famous yaezakura in Japan were born in Matsumae. Hokkaido was a surprise.
The “Someiyoshino” cherry tree, which is synonymous with cherry blossoms, has a surprisingly short history, having been bred between the end of the Edo period and the Meiji period (1868-1912), but the yaezakura cherry tree has been popular since ancient times. Ise-no-Taifu, a female poet of the Heian period (794-1185), also wrote a poem titled “Yaezakura (double-flowered cherry tree) in the ancient capital of Nara, kefu kujyu nihohinurukanana.
The author, Ise Daifu, was selected to receive at the court a gift of yaezakura (double-flowered cherry trees) delivered from Nara to the court. At that time, he was asked by Fujiwara no Michinaga to compose an impromptu poem, to which he immediately responded with this poem. The poem praises the prosperity of the court by referring to the flowers, saying, “The magnificent double-flowered cherry blossoms remind us of the former splendor of Nara, but they seem to be even more beautiful in the reign of the current emperor. Ise Daifu had just been handed this role by Murasaki Shikibu and was still a newcomer to the court. Perhaps Michinaga encouraged Ise Daifu to compose the poem as a way of assessing his ability to fill Murasaki Shikibu’s shoes. Ise Daifu must have been impatient, but he composed a brilliant poem that will be remembered for posterity.
When I see the complicated human drama of power in the drama, I want to applaud Daifu Ise for a job well done.
The other day, I went to see the cherry blossoms along the Yamazaki River in Nagoya, which was at its best. I enjoyed the cherry blossoms, but I felt that the branches had been pruned shorter and there were fewer trees than before.
The life span of someiyoshino cherry trees is said to be short, about 60 years, and many someiyoshino cherry trees in Japan were planted before World War II. Therefore, there is an urgent need to replant someiyoshino trees in various places.
We are grateful to be able to enjoy them as a matter of course, and hope that we will be able to live with cherry trees for a long time to come.
See you next time!

 

 

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ご実家の整理やお片付けなどをされている方のご相談などが多くございます。

お片付けなどくれぐれもご無理のないようになさってくださいませ。

風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

また風光舎は、出張買取も強化しております。ご近所はもちろん、愛知県内、岐阜県、三重県その他の県へも出張いたします。

まずは、お電話お待ちしております。

 

 

愛知県名古屋市千種区姫池通

骨董 買取【古美術 風光舎 名古屋店】

TEL052(734)8444

10:00-18:00 OPEN

 

ずっと気づかれなかった雑誌を発見。(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董品買取 古美術風光舎)

2024.04.06

みなさまこんにちは、スタッフYでございます。

 

いよいよ桜のシーズンがはじまりました!。今朝も通勤途中の様々な桜を眺めて参りまして、春をしっかり実感しながら通勤して参りました。

 

ここ名古屋、今週末はお天気もまずまずですのでお花見へ行かれる方も多そうですね。ここ覚王山でも今日明日と覚王山祭りを開催して、また、同じく古美術風光舎でも「器と骨董展」を今週末開催しております。お出かけの際は是非お立ち寄りください!。お待ちしております。

 

さてさて、春はお花見でもあるのですが、お片付けをされている方も多く見られます。

 

ありがたいことに、ご実家やご自宅のお片付けのご相談や買取の依頼も多数ございまして、先日も持込での買取依頼のお客様がお見えになりまて、そのお道具から面白いものがでてまいりましたよ。

 

 

 

 

 

 

お道具の入った箱の底に敷物として使っていたのでしょうが、「投資経済」という投資の雑誌のようでした。発行は昭和19年3月11日、定価三十銭(円ではありませんよ)笑。

 

内容はちょっと解読できませんでしたが、敗戦を読んでか軍事関連の品目は「悪目買い」などと評価されていたり、現在も残っている企業のお名前もみつかりましたが、裏表紙からもわかるように全部は読んでおりませんが、かなり強めの言い回しでしたね。

 

それにしても、つい80年前がこんな時代だったのだなんてまずもって驚くのですが、自分たちも渦中にいるのですはず。ここからさらに変化する時代の速さはどんなものだろう…とも逆に思えてきます。

 

古いお道具の中に気づかれぬまま眠っていたもう一つの古い物。80年の時を経て見ず知らずの何者かの手で呼び覚まされたわけですが…、80年の暗闇から陽の光を浴びて時代が変わったことにどんなことを思ったでしょうか。

 

ですが80年後の2024年の春もずっと桜が美しく咲いていることに気づき、「これだけは変わっていないな」なんて、店内の桜を愛でていたのではないでしょうか。

 

それではごきげんよう。

 

 

Hello everyone, this is Staff Y.

 

The cherry blossom season has finally started! This morning, I saw a variety of cherry blossoms on my way to work, and I felt spring in the air as I walked to work.

Here in Nagoya, the weather is looking good for this weekend, so it seems that many people will be going to see the cherry blossoms. Kakuozan is also holding the Kakuozan Festival today and tomorrow, and the “Vessels and Antiques Exhibition” will also be held at Fukousha Antique Art House this weekend. Please stop by when you are out and about! We are looking forward to seeing you.

 

Now, spring is also the time for cherry blossom viewing, but we also see many people cleaning out their homes.

Thankfully, we also receive many requests for consultations and purchases for cleaning out their parents’ homes and houses, and the other day, a customer came to us with a request to purchase some tools.

 

It was an investment magazine called “Investment Economy,” which was probably used as a rug at the bottom of the box containing the tools. It was published on March 11, 1944, at a list price of 30 sen (not yen).

 

I could not decipher the contents of the magazine, but I could find the names of some companies that are still in business today.

 

It is amazing to think that just 80 years ago, we were in such an era, but we must have been in the middle of it. It makes me wonder how fast the times have changed since then.

 

Another old object that had lain unnoticed among the old tools, awakened by the hand of a stranger after 80 years…what did you think of the change of the times, coming out of 80 years of darkness into the light of day?

 

But 80 years later, in the spring of 2024, you will find that the cherry blossoms will still be blooming beautifully, and you will probably be admiring the cherry blossoms in the store, thinking that this is one thing that has not changed.

 

So have a good day.

 

 

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ご実家の整理やお片付けなどをされている方のご相談などが多くございます。

お片付けなどくれぐれもご無理のないようになさってくださいませ。

風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

また風光舎は、出張買取も強化しております。ご近所はもちろん、愛知県内、岐阜県、三重県その他の県へも出張いたします。

まずは、お電話お待ちしております。

 

 

愛知県名古屋市千種区姫池通

骨董 買取【古美術 風光舎 名古屋店】

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【茶道具買取】北区のお客様より再々度買取ありがとうございました。(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董品買取 古美術風光舎)

2024.04.06

 

 

 

 

 

名古屋市北区のお客様より、茶道具、酒器など多数買取いたしました。

再々度の買取でございました。長年大切にされておりました御品をお譲りくださり、誠にありがとうございました。

 

 

只今、古美術風光舎では、古書の買取も強化しております。

なお、毎月18日の持込鑑定会では無料鑑定・買取・ご相談など、ご予約なしで承っております。

ご近所の皆さま、ご遠方のみなさまも、お気軽にお越しくださいませ。

 

 

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ご実家の整理やお片付けなどをされている方のご相談などが多くございます。

お片付けなどくれぐれもご無理のないようになさってくださいませ。

風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

また風光舎は、出張買取も強化しております。ご近所はもちろん、愛知県内、岐阜県、三重県その他の県へも出張いたします。

まずは、お電話お待ちしております。

 

 

愛知県名古屋市千種区姫池通

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見比べてみてください(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董買取 古美術風光舎)

2024.04.05

みなさまこんにちは、スタッフTでございます。

 

本日は花曇りのお天気となり、少し肌寒い名古屋ですが、このところの暖かさで一気に桜が咲きました🌸午後からお天気が崩れてしまいましたが、週末には満開を迎えるようなので、強い雨風が吹かないことを祈るばかりです。

 

 

さてこの週末はいよいよ『覚王山祭り』が開催されます。

覚王山の日泰寺参道では、約20年前から単なる祭りとは一線を画すアートと文化を中心に、名古屋で住みたい町の上位に位置する覚王山ならではのアーティスティックでどこかノスタルジックな祭りが、春祭・夏祭・秋祭と年に三回されます。 人気のスイーツやカフェ、飲食ブース、音楽やダンスステージなどで会場を盛り上げています。お洒落なお店から、駄菓子系のお店まで、きっと探している物が見つかるはず・・・です。

 

日泰寺は、日本で唯一のいずれの宗派にも属さない日本の全仏教徒のための寺院で、釈尊(お釈迦さま)のご真骨をタイ国(当時シャム国)より拝受し、仏教各宗代表が協議し奉安する為に1904年(明治37年)に建立されました。釈尊を表す「覺王」を山号とし、日本とシャム(暹羅)国の友好を象徴して覺王山 日暹寺として創建された。その後、昭和14年(1939年)シャム国のタイ王国への改名に合わせて、昭和17年(1942年)日泰寺に改名されました。

 

そんな日泰寺の境内には五重の塔があるのですが、この五重塔、参道側からではなく風光舎のある姫池通沿い側から入ったところからの景色が、京都にある八坂の塔の界隈の雰囲気にとても似ている気がするのです。私の写真の腕がないので、伝わらないかもしれないのが残念ですが、「京都に行かなくても、ここにあるがね」と名古屋弁が出てきそうな雰囲気なので、ぜひ覚王山祭りも兼ねて見てみてほしいところです。ちなみに「全然違う」というクレームはお受けできません(笑)

 

 

 

さて、先日からお伝えしておりますが、本日より「器と骨董展」を開催しております。店内の模様替えもいたしまして、八重桜が綺麗に咲いております。日泰寺周辺の桜のお花見とともに、是非足を運んでみてくださいませ。ご来店お待ちしております。

 

ではでは、また。

 

 

Hello everyone, this is Staff T.

 

It is a little chilly in Nagoya today with cloudy weather, but the recent warmth has made the cherry blossoms bloom all at once 🌸 The weather has been broken since this afternoon, but I just hope that strong winds and rain will not blow as the blossoms will be in full bloom by the weekend.

 

Now this weekend, the “Kakuozan Festival” will finally be held.

For the past 20 years, the Nittaiji approach to Kakuozan has been the site of an artistic and somewhat nostalgic festival held three times a year (spring, summer, and fall festivals) that focuses on art and culture that sets it apart from other festivals and is unique to Kakuozan, one of Nagoya’s top desirable places to live. Popular sweets, cafes, food and drink booths, and music and dance stages enliven the event. From fashionable stores to candy stores, you are sure to find what you are looking for….

 

Nittaiji Temple is the only temple in Japan that is not affiliated with any religious sect, and was built in 1904 (Meiji 37) to receive the bones of Sakyamuni Buddha from Thailand (then Siam) and to enshrine them after discussions among representatives of all Buddhist sects. The temple was named “覺王” (覺王), which stands for Shakyamuni Buddha, and was built as 覺王山日暹寺, symbolizing the friendship between Japan and Siam (Siam). Later, in 1939 (Showa 14), the temple was renamed to Nittaiji in 1942 (Showa 17), in conjunction with the renaming of Siam to the Kingdom of Thailand.

 

There is a five-story pagoda in the precincts of the temple, and the view from the entrance along Himeike-dori where the Fumikosha is located is very similar to that of the Yasaka-no-to area in Kyoto. The atmosphere is so similar that you might hear a Nagoya dialect saying, “You don’t have to go to Kyoto, it’s right here,” so I would like you to visit the area and see the Kakuozan Festival as well. By the way, we cannot accept the claim that it is totally different (laugh).

 

 

As we have been telling you since the other day, we are holding the “Vessels and Antiques Exhibition” from today. The store has been redecorated and the double-flowered cherry trees are blooming beautifully. Please visit us and enjoy the cherry blossoms around Nittaiji Temple. We are looking forward to seeing you.

 

 

See you soon.

 

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風光舎では古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

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