12月, 2021 - 風光舎 | 愛知・名古屋での骨董古美術買取 三重 岐阜 - Page 3

お知らせ

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FROMKYOTOOSAKA

名古屋市千種区のお客様より買受させていただきました。ありがとうございました。

2021.12.03

本日、名古屋市千種区のお客様よりたくさんの掛け軸を買受させていただきました。

大変貴重なお品をお譲りいただきまして、誠にありがとうございました。

また、お寒い中ご足労いただきありがとうございました。

 

 

今後とも、古美術風光舎名古屋店をよろしくお願いいたします。

 

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年末に向けての整理などで出ましたお道具などのお買取が増えている状況です。

急な対応が出来ない場合もございますので、お早めにご連絡をよろしくお願いいたします。

 

愛知県名古屋市千種区・骨董 買取

『古美術 風光舎 名古屋店』

TEL 052(734)8444

10:00-17:00 OPEN

「カレンダーの日」には意外な事実(愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董・古道具 高価買取 古美術風光舎 名古屋店)

2021.12.03

皆さま、こんにちは。スタッフmです。
今日の名古屋は一日中暖かく、外を歩いていてもコートがいらないくらいでした。
皆さまのお住いの地域ではいかがでしたでしょうか。
ところで、前回の私のブログから続きますが、「今日は何の日シリーズ」。
12月3日は、何の日だと思いますか?
実は、「カレンダーの日」なんですって。
明治5(1872)年11月、日本でそれまで使用されていた暦太陰太陽暦を、世界で主流となっていた太陽暦に変更するという発表が、政府によって突然なされました。
明治5年は12月2日で終わりとし、明治5年12月3日を明治6年1月1日とする」と…。
そのため、明治5(1872)年12月3日が明治6年1月1日に繰り上げられたことにちなんで
この記念日が制定されたようです。
太陽暦では旧暦の12月3日がちょうど「元旦」に当たったという理由ももちろんありましたが、
それにしても明治5年12月はたった2日間で終わりだなんて!
しかもそんな重大なことを1ヶ月前に発表だなんて、色々とビックリですよね!
ここで、少し「太陰暦」と「太陽暦」について説明をしておくと、どちらも暦の種類ですが、それぞれ「暦を決めるために基準としているもの」が違っています。月を基準にした暦が「太陰暦」で、太陽を基準にしたものが「太陽暦」です。
日本の旧暦で使用されていた太陰暦は、月が満月から次の満月になるまでを1ヶ月と数える暦です。月を見れば今日が何日か分かる太陰暦は、分かりやすくて便利だったのですが、1ヶ月が29.53日という中途半端な日数になり、暦と季節がずれていくという重大な欠点がありました。当時、この不都合はひと月が29日と30日の月を作ることによって解決していました。
春夏秋冬という季節は、太陽と地球の位置関係で決まっています。太陰暦では1年が29.53日×12で354日となり、暦が毎年11日ずつずれていくため、やがては暦と季節が逆転してしまいます。
そこで日本では「太陰太陽暦」という暦が長い間使用されていました。これは太陰暦の暦がズレるデメリットをカバーするために、数年に1度「閏(うるう)月」を入れて、1年を13ヶ月にする暦でした。
でもこの「閏月」、官吏(官僚)に給料を支払う立場の国にとっては深刻な問題でした。暦が切り替えられる前年の明治4年9月に、官吏の給料が「年俸制」から「月給制」に変更されたことが財政に大打撃となっていました。
通常は年に12ヶ月分払う月給を、閏月のある年は1ヶ月多い13ヶ月分支払わなければならないわけですから、政府が悩ましく思うのは当然です。暦の変更が突然発表された明治5年は、その閏月の入る閏年が、まさに来年に迫った年だったのです。
この急な暦の変更が世の中に大混乱を巻き起こしたことは、言うまでもありません。「歳の市」などの年末年始の準備も間に合わず混乱を極めましたが、一番困ったのは今で言うカレンダー業者の「弘暦者」でした。既に出来上がって出荷済みだった、閏月の入った明治6年の暦は大量に返品されました。業者の悲痛な叫びが聞こえて来そうですね。
新暦に変わってからも、この暦の変更による約束の行き違いが相次ぎ、あちこちで混乱が生じたようです。
日本で太陽暦が採用された理由は、表向きは「日本と諸外国の国交が盛んになったため、海外で主流となっている太陽暦を採り入れた」とされています。しかし実際には大人の事情も少なからずあったようですね。
そして、149年前に太陰暦から太陽暦に切り替わった、という事実にも意外と最近だったんだと驚いた私でした。
(スタッフm)

Hello everyone. It is staff m.

Today’s Nagoya was warm all day long, and I didn’t even need a coat when I was walking outside.
How was it in your area?

 

By the way, continuing from my last blog, “Today is what day series”.
What day do you think December 3rd is?

 

Actually, it’s a “calendar day”.
In November 1872, the government suddenly announced that the lunisolar calendar used in Japan would be changed to the mainstream solar calendar in the world.

“The 5th year of the Meiji era will end on the 2nd of December, and the 3rd of the 5th year of the Meiji era will be the 1st of January of the 6th year of the Meiji era.”
Therefore, it is named after December 3, 1872, which was advanced to January 1, 1872.
It seems that this anniversary has been established.

 

Of course, there was also a reason that December 3rd of the lunar calendar just hit “New Year’s Day” in the solar calendar.
Even so, December 1897 is only two days away!
What’s more, I was surprised to announce such a serious thing a month ago!

 

Here, I would like to explain a little about the “Lunar calendar” and the “solar calendar”. Both are different types of calendars, but the “standards used to determine the calendar” are different. The lunar calendar is based on the moon, and the solar calendar is based on the sun.

 

The lunar calendar used in the Japanese lunar calendar is a calendar that counts the period from one full moon to the next full moon as one month. The lunar calendar, which shows how many days today is by looking at the moon, was easy to understand and convenient, but it had a serious drawback that the number of days in a month was halfway to 29.53 days, and the calendar and seasons were out of sync. .. At that time, this inconvenience was solved by making the moon 29th and 30th.

 

The season of spring, summer, autumn and winter is determined by the positional relationship between the sun and the earth. In the lunar calendar, one year is 29.53 days x 12 = 354 days, and the calendar shifts by 11 days every year, so the calendar and seasons will eventually reverse.

 

Therefore, in Japan, the calendar called “Lunisolar calendar” has been used for a long time. This was a calendar that made one year 13 months by adding a “leap month” once every few years in order to cover the disadvantages of the lunar calendar being out of sync.

 

However, this “leap month” was a serious problem for a country that was in a position to pay salaries to officials (bureaucrats). In September 1884, the year before the calendar was switched, the salary of officials was changed from “annual salary system” to “monthly salary system”, which was a big blow to the finances.

 

It’s not surprising that the government is annoyed because you usually have to pay 12 months a year for 13 months, which is one month more in a leap month. In the 5th year of the Meiji era, when the change in the calendar was suddenly announced, the leap year in which the leap month entered was just approaching next year.

 

It goes without saying that this sudden change in the calendar caused great confusion in the world. Preparations for the year-end and New Year holidays such as “Lunar New Year Fair” were not in time, and I was extremely confused. The calendar of the 6th year of the Meiji era with leap months, which had already been completed and shipped, was returned in large quantities. You can hear the screaming of the trader.

Even after the change to the new calendar, it seems that there was a series of misunderstandings of promises due to this change in the calendar, causing confusion here and there.

The reason why the solar calendar was adopted in Japan is ostensibly “the solar calendar, which is the mainstream overseas, was adopted because diplomatic relations between Japan and other countries became active.” However, in reality, it seems that there were not a few circumstances for adults.

 

And I was surprised that the fact that the lunar calendar was switched to the solar calendar 149 years ago was surprisingly recent.

 

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少しお寒くなってまいりました。冬物の入れ替えや、整理をされていらっしゃる方もおいでではないでしょうか。

生活様式の変化とともに、大切なお品を整理されている方も多いことと思われます。

ここ風光舎では、古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

 

風光舎は、出張買取も強化しております。

愛知県内はもちろん、岐阜県・三重県その他の県へも出張いたします。

どんなにご近所の方でもお伺いできますので、まずはお電話お待ちしております。

 

 

愛知県名古屋市千種区・骨董 買取

『古美術 風光舎 名古屋店』

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2022 壬寅 (愛知県名古屋市千種区姫池通 骨董買取 古美術風光舎)     

2021.12.02

 

 

 

先日のInstagramの『貝桶』が好評でして(愛知県千種区姫池通 骨董買取 古美術風光舎)

2021.12.01

こんにちは、スタッフYです。

 

昨日からの悪天候により各地方で影響が出ております。どうぞ皆さま、お気お付けくださいませ。

こちら名古屋は、台風のような猛風雨により今朝は折角の木々の紅葉がいきなり散っていまい、街の風景は一気に寂しくなってまいりました。私の通勤経路でありますイケメンゴリラ、シャバーニのいる東山近辺もすっかり冬の景色となって参り、間違いなく冬の足音がそこにきております。

 

ところでですね、全く違うお話になりますが、先日のブログにて弊店にございます『貝桶』を先日Instagramに投稿しましたところ、〝いいね〟をたくさんいただきました。誠にありがとうございました。さらに、Instagramをみてくださったお知り合いの方より「あの夢のある箱の中はどうなっているのだ?」などと、聞かれたりも致しまして、本日は、少し『貝桶』について綴って参りたいと思っております。といいますか、私が弊店でお仕事を始めてから、まさか『貝桶』と同じ空間の中で過ごすとはおもってもおりませんでしたよ笑。

 

 

『貝桶』といいますと季節は外れますがお雛様の前にお供えしてあります、そう、あれであります。雛人形の飾り道具の一形式で、貝合わせに使う蛤(はまぐり)の貝殻を入れておく容器一対のことなのですが、内裏雛の前飾りとして揃えておりますよね。

 

貝桶は「貝合せ」の遊びに使う合貝(あわせがい)を納める桶なのですが、合貝は蛤の貝殻が用いられ、360個で一揃いといわれております。その蛤のような二枚貝は必ず同じ対でしか合わないことから、婦人の貞節の象徴とされ、婚礼調度の筆頭道具とされていたようです。大名の婚礼行列では先頭を飾り、婚礼行列が婚家に到着すると、最初に「貝桶渡し」の儀式が行われるということですから、とても大切な婚礼のお道具でありましょう。

 

その 貝合わせとは、蛤(はまぐり)の内側に書いた絵や歌を、ふたつ合わせる遊びのことで、今でいうカルタになりましょうか。貝合せは、美しい貝、珍しい貝を持ち寄って優劣を競うものでありましたが、同じ貝の蓋と身を合わせる遊び、貝覆いも行われるようになったようです。身と蓋の一方を地貝、他方を出貝とし、一つずつ出貝を出して合う地貝を選び、多く合わせた方が勝ちとなるまあ優雅な遊びであります。

 

貝の内側には、金地に王朝人物・花鳥・調度・小物・宝物などを大和絵風に描き、八角の貝桶にも金雲を巡らせて王朝風絵画を極彩色で描いておりまして、当時の良家のお姫様にとっては夢の詰まった憧れのお道具ととらえてよろしいのでしょうか。

 

さて、妄想も膨らんだところで、肝心の『貝桶』をありがたく目前10㎝の独占鑑賞がきましたので、その様子をお伝えいたしましょう。

 

『貝桶』

幕末期 高さ:32㎝ 直径:35㎝ こちらの貝桶の素材はたぶん桐と思われます。持った感じは、大きさの割には軽いですね。普段想像する貝桶は雛様飾りの貝桶を思い浮かべる方がだいたいでしょうから、第一印象は「え?大きい」と、95%(適当です笑)の方は思われるのでは。

 

側面には360度、金地に金雲をふんわり巡らせ、そこかしこに華やかな花鳥風月を散りばめ、貴族の優雅な生活の一場面を切り取ったような憧れの風景がが描かれております。身分の高そうな貴族と十二単を纏った女性、そしておつきの面々でしょうか。雲の合間のお屋敷の中で何やら会話をしております。もはや当時の色彩は褪せておりますが、多分キラキラした鮮やかな憧れのお道具だったのでありましょう。いやぁ、華やか。なかには、さらに彩華やかに描かれた貝合わせの貝がはいっていたのですから、さすがに女子はテンションあがりますよね。

 

 

 

そして、肝心のお知り合いからの質問の、蓋の中の様子を。

 

 

はい、オープンいたしました。中も鮮やかな梨地に仕上げております。蓋をしていたため中の金は大変美しく残っており、側面だけでなく、やはり中も手を抜いておりませんね。中には当時入っていたであろう貝合わせの貝は入っておりませんが、この様子ですと貝も豪華なものであったと想像がつきますし、はたまた豪華なお輿入れであったのだろうなとも、想像がつきますね。

 

『貝桶』の独占鑑賞いかがだったでしょうか。間近でみる『貝桶』をみながら当時のお輿入れの妄想話などご興味のあおりの方、古美術風光舎へ鑑賞しにいらしてください。

 

 

それでは、ごきげんよう。

 

 

Hello, this is Staff Y.

 

The bad weather from yesterday has affected each region. Please be careful, everyone.

Here in Nagoya, due to a typhoon-like storm, the autumn leaves of the trees suddenly fell apart this morning, and the scenery of the city became lonely at once. The area around Higashiyama, where the handsome gorilla and Shabani, which are my commuting routes, have become completely winter scenery, and the footsteps of winter are definitely there.

By the way, it’s a completely different story, but when I posted the “shellfish tub” in our store on Instagram the other day on my blog the other day, I received a lot of “likes”. Thank you very much. In addition, an acquaintance who saw Instagram asked me, “What’s going on inside that dream box?” I would like to visit. I mean, since I started working at our shop, I never thought I would spend time in the same space as the “shell tub” lol.

 

The term “shellfish tub” is out of season, but it is offered in front of the chicks, yes, that is it. It is a form of decoration tool for dolls, and it is a pair of containers for storing clam shells used for shelling, but it is available as a front decoration for inner chicks.

The shell tub is a tub for storing the clams used for playing “shellfish matching”, but the clam shells are used for the clams, and it is said that 360 pieces are a set, and bivalves like clams are Since it always fits only in the same pair, it seems to have been regarded as a symbol of women’s loyalty and the leading tool for wedding furnishings. It is an important wedding tool because it is the first in the wedding procession of the daimyo, and when the wedding procession arrives at the married house, the ceremony of “passing the shell tub” is performed first.

Kai-awase is a play that combines two pictures and songs written inside a clam, so let’s make it what we call a card game now. In shellfish matching, beautiful shellfish and rare shellfish were brought together to compete for superiority and inferiority, but the same shellfish lid and body play, and shellfish covering were also performed. One of the body and the lid is the mussel, the other is the mussel, and the mussels are put out one by one and the matching mussels are selected. Inside the shell, dynasty figures, flowers and birds, furnishings, accessories, treasures, etc. are drawn in Yamato-e style on the gold ground, and dynasty-style paintings are drawn in vivid colors on the octagonal shell tub with gold clouds. Is it okay to think of it as a longing tool full of dreams for the princess of a good family?

By the way, when my delusions swelled, I was able to appreciate the essential “shellfish tub” exclusively 10 cm in front of me, so I would like to tell you about it.

“Shell tub”

Late Tokugawa period Height: 32 cm Diameter: 35 cm The material of this shell tub is probably paulownia. The feeling of holding it is light for its size. Most people think of a tub with a chick-like decoration as the tub that they usually imagine, so 95% (appropriate laughter) think that the first impression is “What? It’s big.”

On the side, 360 degrees, gold clouds are fluttering around the gold ground, and gorgeous flowers and birds Fugetsu are scattered here and there, and a longing landscape that seems to cut out a scene of the elegant life of the aristocrat is drawn. Is it a nobleman who seems to be high-ranked, a woman who wears Junihitoe, and people who are attached? We are having a conversation in the mansion between the clouds. The colors at that time have faded, but it was probably a glittering and vivid longing tool. No, it’s gorgeous. Some of them had shells that were even more gorgeously drawn, so the girls were really excited.

 

And the inside of the lid of the question from the important acquaintance.

 

Yes, it has opened. The inside is also finished in a bright satin finish. Because of the lid, the gold inside remains very beautiful, and not only the sides but also the inside is not cut out. It doesn’t contain the shellfish that would have been in it at that time, but in this situation, you can imagine that the shellfish was also gorgeous.

How was the exclusive appreciation of “Shellfish tub”? If you are interested in the delusional story of the tub at that time while watching the “shell tub” that you see up close, please come and see the antique art Fukosha.

 

Well then, good luck.

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このところのいよいよ寒くなって参りましたね。

生活様式の変化とともに、大切なお品を整理されている方も多いことと思われます。

ここ風光舎では、古美術品や骨董品の他にも絵画や宝石、趣味のお品など様々なジャンルのものを買受しております。

お片付けをされていて、こういうものでもいいのかしらと迷われているものでも、どうぞお気軽にご相談下さいませ。

 

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